「…あれ、小野くん?」


夏の暑さも過ぎ去った夕暮れ。

少し肌寒さを感じるような風が吹き去ったあと、不意に前方から聞き慣れた声がそう呼んだ。

顔を上げると、スーツ姿の水無月さんが、1メートルくらい先に居た。


「…あ、水無月さん」


答えると、首を傾げ気味にしていた水無月さんが、パァッと口元を綻ばせた。

何故だか楽しそうに駆け寄ってくる。

何故だか、っていうか、いつものことか。この人は。


「やっぱり小野くんだ!うわーうわー何その格好!」

「え?あ、あー……」


水無月さんに言われて、ようやく思い出した。

現在の俺の服装は、スーツなんだった。

着慣れないなーと朝は気になっていたくせに、時間と共に馴染んでしまったのか、それとも気にかかることが他にできたのか、たぶん後者だけど、そのせいですっかり忘れていた。


「あのー、これは、アレです」

「アレ?」

「就活です」

「シューカツ!美味しそうだね?」


自然も自然にありのままの笑顔と口調でそう言われた就活中の俺の気持ちなどこの人にはわかるまい。

どんな気持ちかって言ったら、そうですね、泣きたいです。