何が困るのか、ということは、あえて聞かないでおこうと思った。
返ってくる答えは明白だからだ。
水無月さんはまた少し、傘をはみ出る。足元に小さな水たまりがあった。
「あとねー」
水無月さんは、傘の中と外を行ったり来たりしながら、続ける。
「寂しいと思うなあ」
さみしい。
「水無月さんが?」
「うん」
「たぶんだけどね?」と付け足して、水無月さんは俺を見上げて笑った。
でもすぐにまた、足元を見下ろした。
水無月さんの履いているハイヒールは、水を弾いて鈍く光っている。
「でも言っちゃうとね、そんなの考えたことないよ」
水たまりを飛び越えて、水無月さんは立ち止まる。
横断歩道の信号が、赤だった。
車の通りが少ない道でも、信号は律儀に、赤だ。
「小野くんがね」水無月さんの横顔が、信号の赤色に染まっている。「あたしのお隣さんじゃないわけが、ないのさー」
歌うように言われたその言葉に、何故か俺は、すんなり納得してしまった。
なんの根拠もないというのに。


