「……まあ、バイトがちょうど、終わったので」
本当はとっくに終わっていた、という事実は黙っておいた。
水無月さんからの呼び出しのあとしばらく、このまま行こうか行きまいか迷ってしまって、結局10分くらいしてからバイト先を出てきた。
なんていうことは、黙っておいた方が身のためだと思った。
「そっかあ」と、水無月さんは相槌を打った。
それから「帰ろっか」と歩き始めたので、俺も一歩遅れて帰路につく。
水無月さんの呼び出しに10分も迷うのは、最後の悪あがきだと思ってほしい。
結局はいつもこうして、水無月さんのもとに、しぶしぶながらもやってきてしまうわけだし。
「……水無月さんは、」俺はなんとなく問いかける。「隣人が俺じゃなかったら、どうしてたんすか?」
「んー?」水無月さんは、自分の足元を見ながら唸った。「考えたことないなあ」
「よっ」と、水無月さんが大きく傘からはみ出る。
水たまりを避けながら歩いているらしい。
それは別にいいんですけど、何もそこまで傘からはみ出なくてもよくないっすか。水無月さん。俺の役目を思い出してほしいです。切実に。
「隣人さんが、小野くんじゃなかったらー」
水無月さんは傘の中に戻ってきて、再び唸る。
「うーん……」また唸る。
それから、「とっても、困るかなあ」と、答えた。


