天色に染まった空は晴れ渡り、水平線には白い入道雲が立ち上り目に眩しい。
沖合から浅瀬へ向けて濃紺からエメラルドグリーンに色を変える海は、やがてコの字型の島を取り囲み、その周辺はサンゴ礁と熱帯魚の楽園だ。

 島の北東に雄々しくそびえる山からは煙が吐き出され、その裾野にはうっそうと茂るジャングルを携えている。ジャングルは島の全体を覆い、南西に唯一ある小さな砂浜の入り江まで迫っていた。入り江のほかは切り立った崖が島を囲んでいる。
 
未開の地のようなこの島にひときわ目立つアーチ状のモニュメントがそびえていた。それは一際異彩を放ちその素肌は太陽の光を反射して銀色に輝いている。その巨大なリングはわずかに地表に埋まっているようだ。

リングはゆるやかに一周掛けて捻れており、表は艶消しを施され鈍い光を放っている。裏側は磨き上げられた鏡面で無数の文字が刻まれていた。文字の形状は人のものとは異なり、それぞれが異なる輝きを放っている。
 
リングを望む草原の向こう側、生い茂る森林の中から一人の少女が現れた。長い髪が彼女の動きと風で絹糸のように後ろに流れていく。

 目を引く腰まで垂らした臙脂色の髪は、不思議なことに肩から先にかけて徐々に色を変え山吹色に染まっていた。
 すらりと背が高く、長袖の黒いタートルネックの上に爽やかなモスグリーン色のワンピースを着ている。体の線にぴったり沿ったワンピースの襟元と袖口、裾には青緑色のラインや紐で装飾されており、ワンピースのサイドは足の付け根辺りから深い切れ込みが入っている。前はエプロンのように膝下まで垂れ下がり切れ込みを堺に後ろはV時に切り込まれ独特な衣装となっていた。
スカートの下から伸びる足は互い違いの長さの黒いタイツを履いている。左足がトレンカタイプで右足が五分丈のレギンスになっている。一風変わった服装だがこの島ではごく一般的な格好だ。

 少女から女性へと変貌を遂げる途中の青年期の彼女は、大人びた顔つきとは裏腹に表情にあどけなさを残していた。
 
 健康的な小麦色の肌、切れ長の目、葡萄色の瞳には力がなく視点が定まっておらず筋の通った上品な鼻の下の僅かにに赤く引き締まった唇は震えていた。
 思い詰めた様子で、リングの真下まで来た少女の足はおぼつかない。そして突然大きく両手を広げると呟いた。

「きっと大丈夫。できる。絶対大丈夫」

 わなわなと唇を震わせながら、少女は眼下の打ち寄せる荒波を見つめ唾を飲み込んだ。
 彼女は目眩を覚えて目を閉じる。

 赤ちゃんがハイハイして歩き出し、やがて走りだすように一定の年齢を超えると空を自由に飛べるのが当たり前の世界だった。
青く果てしなく広がる空を駆け出す彼らが羨ましかった。

彼女は一緒に育った兄弟がこの島を去るときも、飛べないが故に見送るしかなかった。今頃彼らは一人前に生活をしているだろう。
ここ数年何度兄弟たちを見送ったことか。
 学び舎でもう学ぶことはなくなり今では先生の助手として生計を立てている。

 飛べる方法はないかと思いつく限り幾度も試してみたが、尽く失敗に終わった。その度自分に失望し惨めな思いを繰り返すだけだった。
いつしか彼女は笑顔を忘れ必要な時以外は人と会うのを避け、ひっそりと隠者のように暮らすようになった。
嫌な思い出に胸を突かれ少女の目じりに涙が浮かんだ。思い切り広げた腕が震えた。

私の何がいけないの?

そんな思いに駆られここまで来た少女は森の方へと戻ると崖に向かって全力疾走を始めた。あっという間にリングを抜け崖から身を躍らせる。
風の音が耳元で唸りを上げ、視界がみるみる狭まってゆく。
少女の体は舞い上がるどころか加速しながら海面へ落ちていた。
意識が朦朧としたなか全てがとてもゆっくり見えた。眼下に迫る海面が畝る様をぼんやりと眺め次第に気が遠くなってくる。

実際は飛び下りた瞬間から、あっという間の出来事だった。
 一瞬空に光が瞬きその光は少女へ向かって駆け抜ける。光の通った海面は激しく水しぶきを上げた。
光は光速にも近い速さで少女へ到達し、落下する彼女を抱き上げた。上がった水しぶきに虹が輝く。
「・・・馬鹿な事を」
少女の頭上に低く透った男の声が降りかかった。頭の真上に輝る太陽で逆光になり男の顔は見えない。
彼の濡れた髪から雫が伝いこぼれ落ち少女の頬を濡らした。
堅く目を閉じた少女を暫く見つめていたが、やがて男は空を舞い上がり島の方へ飛んで行った。