【女】
実家にしばらく滞在しながら、新しいマンションを借りた。
初めての夜の帰宅は、やっぱり胸が寂しさで溢れていた。
灰皿のない部屋……
煙草の嫌な匂いも生活の一部だったんだと振り返る。
私は煙草は吸わない。
何が美味しいんだろうと、少し彼を真似てみる。
大きく吸い込んだ空気にもちろん味はない。
吐き出す空気は……ただの溜め息でしかない。
何も持たずに唇に当てた二本の指は、頬を伝う涙を拭くのに調度良かった。
二人で歩いていたつもりの道。
今は一人になっただけだ。
空いた片側を共に歩いてくれる、同じ価値観で手を取り合う人を、見つける事が出来るだろうか……
叶わない、切り取った未来と一緒に、この日携帯から彼のメモリーを消した。


