きみに会える場所~空の上ホテル~

ゆり子さんは、頬に指をあてて首をかしげた。

「女優になりたい、とか特に思ってなかったわねえ」

「え? そうなの?」

「私の場合は、高1でスカウトされて事務所に所属した時点で、将来の方向性が決まったのよね」

ゆり子さんはぽつりぽつりと続けた。

「・・・・・・みんながみんな、この世界に入れるわけじゃなし、せっかく声をかけてもらったんだから、絶対に石にしがみついてでもここでやっていこうって思ったの」

「だから、言われたことは全部やった。言われないことでも、自分にとってためになるかもしれないと思うことは全部試した」

「だから大女優って言われるくらいすごい女優さんになれたんですね」

自分の目の前にいる人が、長い人生をずっとそんな風に努力してきたなんて。

16で進路を決めて、50年? 60年? そんなに情熱を持って一つのことをやり続けられるなんて、本当にうらやましい。

私なんて、文系にするか理系にするかすらこの前まで決められなかった。

・・・・・・今も、ほんとに文系にしてよかったのかどうかわからない。

決断力って、ある人にはあるし、ない人にはないものなのかもしれないなあ。

なんて思っていたら、ゆり子さんが顔をぱっと上げて私を見た。

「でもね、ふうっと不安になることもあったわよ」

「不安? みんなに飽きられちゃったらどうしようとかですか?」

私の失礼な質問を先輩は笑ってスルーした。

「違うわよ。もっと別の生き方を選んでもよかったんじゃないかってこと」