きみに会える場所~空の上ホテル~

始まった時と同じく、唐突に唇が離れた。

「・・・・・・悪い」

ぽつりと一言だけ言い残して、レイは調理室を出て行った。

体の力が抜けて、私はその場にへたへたとしゃがみ込んだ。壁に体を預けてぼんやりと蛍光灯を見上げる。

体の芯がしびれたみたいに、じんじんしている。唇が、頬が熱かった。

まだレイの唇や舌の感触がありありと残っていた。最初は少しこわかったけど、途中からは何が何だかわからなくなった。

頭がぼうっとして、抵抗する気持ちも力もなくなってた。

目をシンクの方へ向けると、きゅうりののったまな板が見えた。私はよろよろと立ち上がると、シンクへ向かった。

包丁を手にとると、指先がびくっとした。体のすみずみまで感覚が研ぎ澄まされていて、自分の体じゃないみたい。

そっときゅうりに手を添えて、一気にせん切りにした。

切り終わった二本のきゅうりを酢の物にして器に入れると、ラップをしてから巨大な冷蔵庫に入れた。

包丁とまな板を洗い終えると調理室を後にした。調理台の上に根菜類が残ってたけど、どこにしまったらいいのかわからなかったので、そのままにしてきた。

自分の部屋に戻ると、シャワーを浴びた。

手首を洗う時、レイの指を思い出さずにはいられなかった。

鏡を見ると、どうしても唇に目が行った。指でそっと触れると、電気が走ったみたいにびくりとした。

前に偶然レイとキスをした時も、ずっと胸がどきどきしていた。でも今日のどきどきは、前より強烈だ。

前のは結局のところレイにとっては事故みたいなもの。だけど、今日のあれは、絶対に偶然とか事故とかじゃ片付けられない。

レイが自分からキスしたんだもの。

自分から。

他でもない私に。

そう思うと押さえられない幸福感が湧き上がってくる。

でも、冷静な自分が時折ふっと語りかけてくる。

どうしてレイはキスしたんだろう?