「大々的に広がっちまって。こりゃ、本格的に強制引退コースまっしぐらだなー」



昼休み。


空き教室にひとりでいたところを、ちゃっかり向かいに座った浪瀬が話しかけてきた。


すっかり定位置ですね、そこ。


組んだ指の背にあごを乗せて、ため息をつく。


半目で彼を見据えながら。



「………教師共が神様を不審者として指名手配ですもんねー」



そう零すと、浪瀬は咳払いをして。



「最近、トイレの神様とかいう巫山戯たものが流行っているようですが、所詮は噂好きの人間が広めた話に騙されてはいけません。今後その話をしている者がいたら、評定落としますからね。…………だっけ?」



先日の全校集会でステージの上から言い放った校長の声真似をした。


日々の練習の成果がでて、声はそっくり。

ヒュゥと口笛を吹く。



「お見事。にしても、横暴ですよねー」



言論の自由はどこにいったのか。

素晴らしき日本国憲法21条の適応を要求する。


派手に活動した時期はないはずだけど、先日の悪評が堪えました。

噂話の範疇であったトイレの神様は、教師陣を困らせるものとして、排除の動きがあるそうです。

実際に願いの叶った生徒は残念そうではあったが、ほとんどの生徒は興味なさそうだった。


関心の多さは重要度の高さ。


それだけ私は、神様として不甲斐なかったということだ。



「でも、なったものは仕方ない。私が教師でも、神様排除に動く自信がありますもの」



どんな秘密を知られてるかわからないんだ。
恐怖しかないでしょ。



「それをかいくぐるのが野枝だろ」



「無茶ゆーな」



この男は何を言い出すんだ。



「いつものトイレは監視されるんよ?」



監視の入るトイレ、本来の用途でも使いたくないというのに。



「大丈夫だろ。神様は神出鬼没だから」



「いや、トイレにしか現れませんけど!」



トイレの神様がトイレ以外に現れたら、それ、トイレの神様にあらず。



「別のトイレを使えばいい」



「人が多くて難易度高いわ!」



「神様だろ。そのくらいやってのけろよ」



「私、普通の人間ですけど!」



神魔霊妖の類にされちゃたまんないわ。

まだ生きてるし。



「つか、トイレの神様が無理なら、堂々と探偵事務所でも開けばいいんじゃねぇの?俺様とお前なら、浮気調査くらいお茶の子さいさいお手の物」



手の平を上に、親指と人差し指で輪を作る浪瀬はいい笑顔。

……取りませんからね、マネー。



「そうと決まれば同好会作るか。学校の正式な部活として認めてもらえれば…」



「作りません」



何ひとりで話進めてんですか。

高校生探偵団なんて、同好会許可すら降りないって。

一昔前流行った、非公認で活動するつもりですか?


今となんにも変わらない。


眉間にできたシワを、固まる前に中指でのばす。


神様は、ひとりで細々とやっていたものだから、複数案件には答えられない。

かと言って、増員するつもりもない。

期待に添えられなくて、離れていかれるよりも。

全盛期のうちに引退が、私自身の心の傷も浅くて済む。


トイレの神様を始めた頃から思っていた事です。

全くの他人に聞かれて、広められたなんて結末、もう見たくない。



「なみ……」



声をかけた瞬間、予鈴が鳴った。



「ん?なんか言ったか?」



「………今日の放課後、大事な話しがあります」



聞き返す彼に、正面から口を開く。



「………」



つられたのか、真剣な表情で向かい合ったが、やがて浪瀬が頷き、静かに教室を出る。

彼の消えた先を目で追ってから、遅刻しない程度に居座ってから、教室を出た。


手を組むようになり、すぐのことで悪いけど、浪瀬にこの想いを伝えよう。




私、トイレの神様を引退します。


だからもう、こうして会うことはないでしょう。



と。