トイレの神様‐いいえ、ただの野次馬です‐





風呂上がり。

ぶかぶかのスウェットを着て2階に上がり、浪瀬の部屋の戸を開いた。




「お風呂お先でした」


「おー。んじゃ次俺だな」




ベッドに凭れていた彼は、スマホを触るのをやめ、傍の着替えを持ち部屋を出た。


私は主のいない部屋の、戸近くに座る。


私が風呂に入ってる間に、ローテーブルにはお菓子とジュースが用意されていた。

首に巻いたタオルで髪を拭きながら、暗くなった窓の外を眺めて、気付く。


あのレモン色の外壁は、金持ちのお隣さんではないですか。

しかも、あつらえたように窓が向かい合っている。

カーテンを閉め忘れたようで、部屋の高級そうな内装も窺えた。




「…………」




背後で風が起こった。



「待たせたな」


「早かったね」



そのままの感想を口にする。


濡れた髪はオールバックに、首にはタオル。

私が着ているのと色違いのスウェットは、彼によく似合っていた。



「そりゃな。野枝との時間を削れるかよ」


「客を待たせないとは殊勝な心がけですこと」



横を過ぎた浪瀬は、コンセントにドライヤーを挿し、構える。



「さあ、来い」



幼子を呼ぶように手を広げ、楽しそうだ。


約束だからと、渋々彼の脚の間に背を向け座る。

すぐさま暖かな風が髪を撫でた。


浪瀬の指は私の髪を遊ばせたり、梳いたり、流したり。

乱暴にされることはなかった。



人にやってもらうとはいいものね。

気持ちいいわ。


ドライヤーもうまいとか、ハイスペックイケメンめ。

目を閉じて、堪能していると。




「んっ……」




彼の手がうなじをくすぐる。


それは背骨を伝ってつつー、と降りていき。

腰まで来たところで後ろ手に捕らえた。



「浪瀬君。なにしてんのかな」



捕らえた彼の手首に爪を立てる。



「今のは明らかに、乾かす行為を逸脱しているんだけど」



「なに、サービスのマッサージだ」



悪びれもせずに、美容院気取りですか。

鳥肌がたつわ。



「もう乾いたし、いいでしょ」




浪瀬の脚の間から抜け出す。


そして、ローテーブルのポテトチップスに手を出した。




「いただきます」


「つれねぇの」




彼はあぐらをかいて、両手をあげるセクシーポーズだが、片手にはドライヤー。

唇を尖らせながら、自身の髪にそれをあてる。



髪を乾かす行為だけで様になるなんて、嫌味な野郎だわ。




「なんだ野枝。そんな熱視線送ってくるなんて」




彼の濡れ髪の流し目は、目を逸らしたくなるほどの色気だが、所詮片手にはドライヤー。


怖くもなんともない。



「殺人光線の間違いじゃない?」


「相変わらず、かわいくねぇ」


「メイクしてませんもの」


「すっぴんでも野枝はかわいいよ」


「どっちさ?」



瞬間。



「…………あれ?」



「あ?」




部屋が暗くなり、ドライヤーも止まった。




「なに?ブレーカー落ちた?」


「そんなに使ってねぇはずだけど」




闇に、ほの白い影が浮かび、次に部屋全体が浮かびあがる。

私は思わず手を叩いた。



「スマホの懐中電灯機能便利!」




床に当てたライトが広い部屋の隅まで照らす。


我が相棒のケータイの光を思い出すと、優し過ぎて目から水が……。




「野枝も欲しくなったか?今なら家族割でお得に…」



「どこの営業マンですか?」




まず家族じゃないから、割引は無効ってことで。




「さて」




浪瀬が片膝立てて腰を浮かす。




「んじゃ今からブレーカー見てくる」



「待って」



戸へ歩くのを、服の裾をつまんで引き止めた。

振り向いた彼の顔は、下からの光のせいか、とても悪い顔をしていた。




「んだよ。寂しいのか?一緒に来るか?」


「隣にベッドがあるから、寂しくないですよ」


「どんな基準だ……」


「ベッドは寝るとこ暗いとこ」


「俺は電気点けたままにする派」


「そーかい」



浪瀬君の趣味嗜好は聞いてないですが。

ここで提案。




「せっかくだから、この状況を楽しみましょ」



「ラブな展開がないことは知ってんだよ。怪談でもすんのか?」



「怪談怖い、まんじゅうこわい」



「ここにある菓子で我慢しろ」



「冗談は置いといて、この家にカメラはある?」



「………待ってろ」



少し考えて、浪瀬は自身のスマホと共に部屋を出た。


私は月明かりで切り取られた窓、横のベッドに乗る。