テスト終わりの土曜日の朝。


玄関のチャイムが鳴る。



「はーい」




母の声がして、パタパタと走る音。


私は自室のベッドの中でそれを聞いた。



せっかくの休みなんだから、ぐーたらしなきゃもったいない。


暖かな布団を頭までかぶる。


ああ、至福。



聞き慣れない足音が近付き、戸が開く。


すぐ横に人の気配を感じた時には、布団が剥ぎ取られていた。




「……………」



「やっほー」



目の前には、爽やか笑顔の浪瀬忍。

その手には、私の布団。



いつぞやの宣言通り、奴は来た。




「……………なんでいる」



「野枝のお母様にいれてもらったんだよ」



「イケメンのみならず、マダムキラーか」



文脈がおかしい。

頭が回らない。




「まだパジャマかよ。可愛いけど」


「貴様も頭のネジが飛んだか?」



肩に伸びてくる手を払う。



「ひでーのな」




へらりと、らしくなく笑う彼に違和感。



「話は聞いたわよ。あんた、忍君の家に遊びに行く約束してたんですって?」



浪瀬を追うようにして来た母は少々怒り気味だ。



そうか。

外用の顔だから変な感じがしたのね。

てか、約束してない。



「早く準備して降りて来なさい」




言って、母は1階に降りる。




「待ってやるから、早く着替えろよ。パジャマのまま行くってんなら止めないぜ」



浪瀬はあぐらの上に頬杖ついて、ニヤついている。




「…………はぁ」




私の母を味方につけたこいつを追い出すことは難しい。


だとしても。




「今から着替えるから、部屋出てってくれませんか」



着替え中くらいは追い出しても怒られまい。




「なに水臭いこと言ってんだ、俺とお前の仲だろ?」



「どんな仲だよ。他人ですよ」



「他人ってことはねぇだろ。こうして家まで来てる」



「ただのクラスメート」



「ただのは余計。それに、同じ秘密を抱えたーみたいなそれっぽいことも足しといてくれ」



「クラスメートで妥協してあげてんのよ。本音を言うと、貴様なんてストーカーで充分」



「それはお前な」



「だから私はストーカーじゃないって。いいから出てけ、変態!」



「恥ずかしがんなって、俺とお前の仲……」



「二度も言わせんなよ?」



地を這うような声で。

手近にあったボールペンの先端を、浪瀬の喉元に突きつけ脅す。



「はいはい出て行きますよー」


飄々として両手を挙げてから。

彼はよっこらせと片手を床について立ち上がる。



「待ちなさい」


「………なんだよ。寂しいのか?」



浪瀬は片手をポケットに突っ込み、見下してきた。


私は体を起こし、左手を差し出す。



「今持ってったもの、置いて行け」


「………ちっ、目敏いな」



舌打ちすんじゃありません。



手癖が悪いなぁ、ほんと。


ため息ひとつ。


浪瀬はポケットから私のケータイを投げて寄越す。

私はそれを片手でキャッチした。



人の物、丁寧に扱いなさいよ。

ったく、油断も隙もありゃしない。

立ち上がりざまに、逆の手でテーブルに置いたケータイを充電器から抜いていくなんて芸当を披露されるなんて。

恐ろしい奴め。


惜しみながらベッドから降りると、戸に手をかけた浪瀬が念をおす。




「窓から逃げようなんて思うなよ」



「貴様じゃあるまいし」



「人に窓を勧めたのはどこのどいつだ?」



「さぁ?」



いつまでも居座りそうな浪瀬を部屋の外に押し出し、戸を閉める。


平日の疲れが癒えぬ間に、次の厄介ごとが舞い込むのはなぜでしょう。



「はぁ…………」




とりあえず、重い体でタンスを開けた。