和也の方を向いて繰り返す。「寒いわ」
「あ、はっ、はい……!」
弾かれたように立ち上がる。
足が縺れて転びかけ、ばたばたしながら和也は触診で服装と小物を検める。
都合よくカイロなんて持っていないし、マフラーも忘れた。
困じ果て、ついには着ていたダウンを脱ごうとして、ちがうわ、とまたも尊大に彼女は和也を遮った。
「こういうときは黙って抱きしめるの」
……さらっと難題をくれる。
が、もううじうじと迷うのは止すと決めた。
真っ赤になりながらもぞもぞと身じろぎして、和也は彼女との距離を詰めるとそっとその身を抱きしめた。
抱きしめられている状態ではわからない、遠目から見るだけではなんとなくでしか想像できない……
事実、想像よりはるかに華奢だったその身体がほっとしたように和也にもたれかかる。
吐息一つ分の静寂。
「わたし今、すごく心地いい。井之口くんは? おなじ?」
胸が甘く疼く。
「うん」
無防備に自らを委ねてくれていることに代え難いほどの安心と、胸が絞られるような無上の喜びとが同時に脳天へと衝き上げる。
回された繊細な指先に、愛しさが溢れ出す。
守りたいと思う。俺が。
俺だけの、彼女を―――。
交わる体温に、
憂いと安堵が入り混じるそれぞれの吐息に、
嘘偽りは微塵もなかった。
そんな余裕を混ぜ込めるほど、この場の二人は大きくなかった。
今、こうして触れ合っていることがすべてなのだと実感する。
「ありがとう、橘。……さっきは、ひどいこと言ってごめんな。絶対、きらわれたと思った」
「がっかりした」
心臓に錐を立てられた気分だった。
一度は離した手を、今はもう再び離してしまうことが、離れてれてしまうことが何よりおそろしくて、和也は抱きしめた腕に力を込める。

