(橘―――!)


 矢も楯もたまらず、和也は家を飛び出した。


 外は雪が舞っている。

 ぬかるむ足元に注意を払いながら、はやる気持ちを抑え、通りへの小道を急ぐ。


 携帯の存在を思い出してアドレス帳を開き、和也は地団駄を踏んで頭を掻きむしった。

 肝心要の彼女の連絡先を知らなかったのだ。

 

(くそ、家は確か、酒井町の方じゃなかったっけか)



 引っ越していなければと記憶を頼りに、和也は携帯に地図を表示させる。


 と、その画面がいきなり変わって―――



(誰だ、この番号)



 間違い電話のように、番号だけが表示される。

 誰だろうと怪訝に思いながらも出てみると、




「―――そっちじゃない」




 えっ、と和也は足を止めた。今のって。




「な、なんで……?」



 聞こえてきた声は、橘のものだった。
 おもわず携帯を取り落としそうになり、すぐさま握り直してきつく耳許に押し当てる。


 関係ないと頭では理解しながら、無意識にあたりを見回して、まさかの後ろ―――


 外灯の下に佇む不機嫌そうな彼女を見つけると、和也はおもわず悲鳴に近い声を上げて飛び退った。



「おうわっ!! ど、どうしてうちが……てか、俺の番号……」



 橘は携帯を閉じ「わたしを誰だと思ってるの? 番号盗むくらいわけないわ」



 どんな自慢だ、と半ば呆れていると、橘は足元の悪さももろともせずにツカツカ歩み寄ってきて、たじろぐ俺を強引に抱きしめた。


 かすめた頬は冷たく、しがみつくように抱きついた身体は軋むように強張って、指先が小刻みに震えていた。


 よく見れば、髪やコートにたくさんの雪片がついていて、まとまって固まりになっているところもある。
 それは明らかに時間の経過を物語っていた。


 長いこと、俺の家の前にいたのだろうか……。この雪空の下。