「澪、話がある」
夜にそう言われ、眠たい目をこすり父さんの話に耳を傾ける。
なんの話かは分かってる。今まで何度もしてきた事だったから。
「母さんと離婚する事になった」
「うん、分かった」
短く返事をする。
あたしも、父さんも、母さんの事が大好きだった。
でも、別居してる母さんは、あたしの事も、父さんの事も好きじゃなかった。
ただ、それだけ。
「少し散歩してくるね」
携帯と財布をポケットに押し込み、重たい扉を開いた。

もうすぐ深夜0時の公園には誰もいない。小さい時よく父さんと遊んだブランコに腰掛けた。
母さんと会う事はほとんどなかった。会っても、一度もこちらを見てくれなかった。
それでも、血が繋がっている母さんを嫌いにはなれなかった。
流すつもりはなかったのに、ポロポロと零れる涙は冷たくて、人がいないのをいい事に、延々と流し続けていた。
「こんな真夜中に1人で泣いて。かわいい顔が台無しだぞ」
その声はとても優しくて、振り向いてみれば、誰もいなかったはずのベンチに黒髪の男の人がいた。
「…こんな暗い中顔なんか見えないでしょう?」
「分かるんだよ。で、何かあったのか?彼氏にでも振られたか」
「振られたのは父さん。泣いた理由は離婚よ」
初対面の人に急に話しかけてくるこの人もおかしいけど、そんな人に家庭の事情を話してるあたしもおかしい。
でも、その優しい声音に惑わされるかのように、色々話してしまう。
「一度でいいから愛されたかったの。でも、愛されないまま終わるから、泣いてるの」
「…愛してやろうか?」
男の人は急に立ち上がったかと思うと、ゆっくりと近づいてきて、顔がはっきり見えるくらいになっていた。
「ほら、やっぱりかわいい」
そういう彼は凄く整った顔をしていて、思わず見とれてしまった。
「俺は塩崎蓮斗(しおさきれんと)。蓮斗でいいぜ。お前は?」
「…西川澪(にしがわみお)。あたしも澪でいいよ。で、愛してやるってどういう事?」
「そのまんまだよ。半日5000円で澪の彼氏になる。どうだ?」
腰まで伸びた髪に口付けた蓮斗は、綺麗な笑みを浮かべていた。
「…考えとく」
赤い顔を悟られないように、俯いて呟いた。
「じゃあ俺を買いたくなったら連絡しな」
ケー番とメアドを交換してすぐ、蓮斗は公園を出た。
「…あたしも帰ろ」

家に帰ると父さんはもう寝ていた。その目は赤くなっていて、少しだけ、1人にしてしまった事を後悔した。
布団に入ってすぐ、携帯がなった。蓮斗からだった。

【件名:ちなみに、】
【メールと電話はタダでいいよ。おやすみ、澪。】

そのメールには写真も付けられていて、蓮斗によく似た黒猫だった。
もしかしたら、蓮斗はこの黒猫だったりして、なんて思いながら返信した。

【件名:了解】
【おやすみ、黒猫さん。あと、明日会いたい。5000円持ってくから。】

彼氏が欲しいわけじゃない。ただ、少し試してみようと思っただけ。
送って五分もしない内に返信が返ってきた。

【件名:了解】
【今日の公園に、10時に待ち合わせな。返信不要】

勝手に決められた時間に苦笑いして、携帯を棚に置く。
そのまま、明日着る服も決めずに瞳を閉じた。