夜の海は静かだった。
静寂が支配する海をシャドウファントムのエンジン音だけがやけに大きく響いている。
あたしは響輔の背中につかまりながら
来た道を引き返しながら、どんどん遠ざかる漣の音にずっと耳を傾けていた。
あたしは響輔が腰に巻いていたシャツを羽織り、その裾が風ではためいている。
響輔の香り―――
さわやかな柔軟剤と…ほんの少しのタバコの香り。
その香りに混ざって
響輔のTシャツからほんのわずか…潮の香りがして、風でなびいたあたしの髪からも同じ香りが漂ってきた。
同じ場所に居たって言うのに、あたしの前に居るってのに、あんたはずっと
遠い。
片道二時間弱…
その時間が永遠に続いてほしいようで、同時にいますぐ終わらせたくなった。
―――――
―――
「ほな。今日は無理やり付き合わせて悪かったな。
ゆっくり休んで」
あたしをホテルに送ってくれると響輔はそっけなく言ってシャドウファントムのタイヤの先をユータンさせようとする。
立派なホテルのこれまた立派な玄関口でドアマンが「おかりなさいませ」と恭しく頭を下げる。
ドアマンが居るからそれほど混みいった話はできず。
「うん…こっちこそありがと。あんまり役に立てなくてごめん…」
響輔はほんのわずか振り返って
「今夜はおおきに」
今度こそスロットルを回してあたしから遠ざかる。
ドアマンが扉を開けてあたしを中に促していた。けれどあたしは―――
その手を無視して
遠ざかっていく響輔の華奢な背中に向かって大声で呼びかけた。
「響輔!」
愛しくて愛しくて
名前を呼ばずにはいられない。
その瞬間。
後悔はしたくない。
ママのように。手放したくない。



