「ごめん…知らない。たぶんあいつじゃない」
それだけを何とか答えると、
「分かったわ。せやかてその男に今日のこと聞くんやないで?
変に首突っ込んだらあんたの首が飛ぶかもしれへんからな」
響輔は首を真横に切る真似をして
「なぁに、あたしの心配?」
あたしが目だけを上げると
「俺が話した途端あんたの死体が見つかったなんて聞いたら、目覚め悪そうやからな」
「何よ!」
キー!!
響輔がくれたテディの耳に噛み付きながら引っ張っていると
「大事にしてくれてるんやね。そのクマ」
響輔がテディの頭をそっと撫でた。
やっぱ…
今日の響輔…何か変。
「ねぇ何かあったの?」
目を伏せてテディの頭を撫でる響輔を見上げて聞いてみると
「…別に。何もあらへんよ…」
と、たった一言。
ざざっ…
波の音がより一層強くなってすぐ傍まで迫っている。
砂浜についた手の指先が冷たくなって思わず見ると本当にすぐ傍まで波がきていた。
「満潮の時間帯みたいや。近づくとさらわれるで」
響輔がうっすらと笑顔を浮かべて薄紅色の空をゆっくりと仰ぎ見た。
「さらわれそうになったら
あんたが助け出してくれるんでしょう?
いつかあたしをあのイヤミな俳優から連れ去ってくれたみたいに」
あたしの言葉を聞いて響輔は顔を戻して
「泳ぎは苦手や」
またも、その津波がまるで響輔の感情を根こそぎさらっていったみたいに
響輔の顔は無表情だった。
はじめて会ったときのあの表情。
能面みたいな
何の感情もない冷たい表情。
近くなった距離が
遠のいた瞬間。



