あのとき鴇田は―――泣いていた。


俺の前ではじめて見せる涙。






床に崩れ、俺にはじめて見せる乱れ様で両手で顔を覆い、溢れる涙を堰きとめようと必死だった。




『私は―――、百合香お嬢のことは忘れていません。


私の中であのお方は永遠に生き、同時に



亡霊となって私を苦しめる』



嗚咽の混じった言葉。突然の鴇田の乱れ様にただただ驚いていた俺は鴇田の肩に手をやるしかできなかった。




『貴方だってそう。あの方の名前にちなんだお部屋に尋ねてこられては、まるであの方の魂をお慰めするように


送り火のような灯篭を眺めていらっしゃる。


私は―――



この先もきっと百合香お嬢のように、貴方の亡霊を求めさまよい、居るはずもない影を追い続けることになるでしょう。


そう思うと、苦しくなるのです。



どうか……どうかおやめください。



こんな、こんな自分自身を苦しめるのは』






苦シメテイルノハ 誰―――?


オ前ガ 苦シメラレテイル相手は 誰……





『もう誰も失いたくない。


―――貴方を失いたくない。



どうしたらこの不安がなくなるのでしょう。どうしたら、この苦しみから解放されるのでしょう。




教えてください』






ああ、苦しめているのは俺だ―――




お前を





苦しめている。