「キリさんも―――鴇田の前では素直になれないんですか…?」


思わず聞くと


「素直よ?でも彼は―――素直じゃない。


もっと本心を見せて欲しいのに。もっとさらけ出して欲しいのに。


彼と私の中には一定のラインが存在して、それ以上彼は踏み込まないの。


それは何故か…




彼がとても臆病だから」




キリさんははじめて見せる切なそうな視線をして目を細め、窓の外の鴇田を眺めている。


言っている意味が分からずまたも目をまばたきする。


だってあいつに怖いもんてあるのかよ、って思っちまうほど我が道を行くタイプだし。


「彼はね、


失うことを恐れている。



ずっとずっと―――長い間……これからも。



ずっと“見送る”立場だったから、仕方のないことかもしれない。



そして彼はまた失う。それが分かりきっているのに止められない。



だから手に入れることを恐れている」





手に入れる。


でも失う。



欲しいものはいつもすぐ近くにあるのに、手を伸ばせばあいつの指の隙間からそれはいとも簡単にすり抜ける。




「朔羅さん、だから手に入れること、失うことを恐れずに、本能の赴くまま行動したほうがいいわ。


もう取り戻せない時に気づいたら遅いのよ。



それが後悔」



キリさんに真剣に言われてあたしは思わず戒の方を振り返った。


戒は―――今はまた違う客のレジで会計作業をしている。


「でもそれは、彼…戒さんに言うべき言葉よね」


キリさんは苦笑を漏らして、


「あなたたちを見ていると、若い気持ちに戻れるわ。


どこか青くて、苦しいのに楽しい。春のようにあったかくて、ぽかぽか気持ちいい。


それが青春て言うのね。


ああ、でも私花粉症なのよ。くしゃみでそうだわ」


キリさんは冗談ぽく笑って、鼻をむずむずさせ


「ごちそうさま」



あたしの驕りだと言うのに千円札を二枚あたしに渡してきて、


「今日はいいです!あいつには色々協力してもらってるし」


慌てて断ると


「こう見えて私稼いでるんです♪可愛い女子高生に奢ってもらう立場じゃないわ。


バイトがんばってください」


キリさんはスマートな仕草で色っぽくウィンク。



そして立ち去っていってしまった。