「言われなくても分かってるよ。


それにイチのことは今関係ないだろう」


苛立って俺は出口の扉を目配せ。


暗に帰れ、と命じている。


衛は診療かばんを持つと、「やれやれ、強情な弟だ」


と肩をすくめた。




「俺はお前と違って優等生じゃないんでね。


実の娘にさえまともな愛情を注げない腐った父親だが、それ以前に会長を補佐する側近だ。


鴇田の血筋はお前だって知ってるだろう?



理屈じゃないんだよ、彼をお守りするのが俺の役目でもあり使命。



それ以外は必要ない」



そう言い切ると、


「側近の前に一人の人間だ。君にも人間らしい部分があるとは思ったけれどね」


いつもなら黙って引き下がる衛は、はじめて俺に何かを言い返してきた。


はじめての反抗がまさかの俺の人間性の否定で、正直ムっとなったが衛に何か言われても動じる俺ではない。


「黙れ、さっさと失せろ」


俺が扉を指で指し示すと


「私は彼の主治医ですよ?」と衛は呆れたようにベッドに眠る会長を見下ろす。


「俺は彼の側近だ。出ていけ」


まさかの初、兄弟喧嘩が会長の御前で、


会長は俺たちのやり取りが耳に入ったのかわずかに身じろぎをして、鬱陶しそうに眉をしかめる。


起きてるわけではないから無意識なのだろう。


「出て行け」


もう一度小さく命じると、衛は今度こそ何かを言い返すことなく鞄を提げて部屋を出ていった。




一人取り残された部屋でソファに力なく腰掛ける。





「お前に言われなくても分かってるよ」



俺自身、イチに対する気持ちが少しずつ変化を見せていて、それにどう向き合っていいのか分からないのだ。


いつまでお嬢に隠しておく―――か……





最期まで




それが彼の望みだが、俺は




お嬢の傷つく姿を





見たくない。








これは―――……この感情は一体何と言うのだろうか。





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