「……先輩、」
「………」
「あれ、先輩?」

 呼んでみたが、返事がない。そういえば、さっきまでは抱きしめられていても温もりを感じていただけなのに、……何故か今は身体がやたらと重い。
 首筋に埋められた彼の顔からは静かな呼吸が聞こえ、背中に回された腕はすっかり弛緩して。私に全体重を預けてしまっている彼は間違いなく、

「……寝たんですか」

 この体勢で眠れるなんて、只事ではない。昨日のバイトが余程ハードだったのだろう。
 彼の腕の中からそっと取り出した手で、彼の柔らかな茶色の髪の毛を撫でてみる。愛しいような、何となく寂しいような。

 先輩はこのまま、こんな調子で、卒業していってしまうのだろうか。定時制に行けば良かったと、後は就職するだけだと、ため息混じりに笑ったままで。

 最後の最後まで、自分のことは二の次で。家のことで頭を一杯にしたままで。
 それだけで終わってしまうのだろうか。


 彼の今までの三年間を、私は知らない。先輩はこんな性格だから、私なんかよりもずっと友達も多かっただろう。きっと楽しかったこともたくさんあるはずだ。例え過ごせた時間は少なくとも。
 それでもここでの生活は、楽しかったと。

「……笑ってくださいね、」

 どうか私の大好きな、あの笑顔で。