ライラックをあなたに…



浴室に彼女が入ったのを確認して、ほんの少しため息が零れた。



ここ数年、勉強に没頭するあまり、彼女らしい彼女がいた事が無い。

樹木医自体、『男』の世界だから、久しく経験して無かった感情。


―――――『緊張』と『戸惑い』



一昨日の晩は必死だった。

死のうとする彼女から目が離せず、『女性』としてではなく『人』として彼女の傍にいた。


昨日は女性として意識するものの、ある程度の距離を置いて傍観していたというのが正しい。

今にも消えてしまいそうな程、彼女が弱り切っていたから……。



だけど、今日は全てが違って見える。

お互いに素面で空気が澄んでいる早朝という事もあるかもしれないが、それだけでは無いのは確実だ。



―――――俺が彼女を『女性』として、意識してしまっている。


彼女が戻ってくる前に何とか気を落ち着かせておかないと……。






手際よくダイニングテーブルに朝食を並べた。

我ながらに良く出来たと思う。



昨日よりは良くなったとは言え、彼女の顔はまだ蒼白い。

恐らく、精神的ショックからくるものだろうけど、赤の他人の俺にはこれくらいしかしてやれない。