空は突き抜けるほどに高く、真っ青で。
 海は限りなく広く群青色に染まり、穏やかに波を打つ。
 ここは丹後の国、筒川村という人里はなれた漁村で、老齢の住民が多かった。
 この村でたったひとり若者がいて、釣り竿と魚篭を手に砂浜をのんびりとした足取りで歩き、小船を出した。
 沖まで出かけていって、魚をとるのが若者の仕事。
 白いサギが若者の頭上までやってきて旋回し、角髪に装飾品と絹服を身に着けた貴族の姿に変わった。
「よう、島子。きょうはどうだ。釣れてるか」
「これは吉備津彦様。まあまあですかね」
 筒川島子は魚篭のほうに視線を落とす。吉備津彦も同じようにして覗くとニヤリと笑んだ。
「さすが島子だ」
「ぼくには海を見守るくらいの力しか、ありませんもの」
「和歌好きだったよな。じゃけど、女もいないこの地域で歌なんか読んでも…ねえ。たまには都へ出てこんか」
「いえ、ぼくはにぎやかなところは、ちょっと」
 島子は丁重に断った。
「おまえ不老不死だからいいだろうけど、やはり女。女だよ、男は女を抱かないと、つまらん人生じゃけえね」
 島子の母上が蓬莱山の亀比売という神仙の仙人だったので、島子も不老不死の能力を引き継いだ。
 しかし亀比売は神でさえもいのちをうばう病で逝去してしまっていた。
「はは…。昔から変わりませんね、皇子さまは」
「そうじゃ。姉上はいかがかな。まだ決まった人がおらんけえね」
「遠慮します。ぼくにはもったいない」 
 吉備津彦の姉の百襲比売(ももそひめ)は島子には苦手な存在だったようで、ふたつ返事する。
「そうかねえ。血筋的にはちょうどいいと思うけど。おまえだってツクヨミさまの子孫じゃんか」
 ツクヨミ様というのは『月読命(つくよみのみこと)』のことであり、月日を読んだり海を守る神様の名前。
「血筋とかそういうことではなく…」
「あ。好みの問題か、すまんの」
 島子は顔を赤くして釣竿を握りなおす。
「うん? こ、これは大きそうだぞ」
 手ごたえがあったらしい、島子は踏ん張って釣竿を引っ張った。
「がんばれぇ」
 応援するだけであぐらをかき、頬杖つきながら傍観する吉備津彦に、島子は耐え切れなかったのか救援を求めた。
「手伝って、皇子さま! お願いですから…」
「ははん、しゃあねえのう。まっ、おめえさんじゃ頼りねえけぇ、手ぇ貸したるわ」