よく動く口だな、なんて思いつつ、そんな内心とは真逆の殊勝な顔で頷いていると。


「まぁ、分かればいいのよ」


従順なあたしに気を良くしたのか、田邊さんのボルテージは少々収まったように見える。
今日の残業は回避できたみたい、とホッとしながらこの場を切り上げる頃合いを窺っていたとき、背中であたしを呼ぶ声がした。


「櫻井さん」


女子社員がにわかに色めき立つ気配を感じながら恐る恐る振り返ると、あたしに気付いた後藤さんが手を上げる。


「今朝、様子が変だったから心配で。
調子どう?」


しまった。
後藤さんみたいなデキる男は、気が回ることをすっかり忘れていた。


せっかく事態が収拾しかけたというのに、嫉妬の原因である後藤さんが訪ねてきたせいで、お局様の機嫌が再び目に見えて悪くなる。


とはいえ、わざわざ訪問してくれたのに無視するわけにもいかないから、同性の同僚から注がれる痛いくらいの視線を感じつつあたしは後藤さんの元へ向かう。


こうしてあたしの定時で切り上げる計画は儚く消えたのだった。