「早いね」


後藤さんは高そうな腕時計とあたしの顔を見比べて言った。


驚かれるのは当然。
エリートの後藤さんと違って、あたしが始業前にやらなきゃいけないことなんてせいぜい身だしなみのチェックくらいだもの。


「えーと…。
小泉部長に少し用があって」


と言っても、あんな失態をした後で面と向かって渡す勇気のないあたしは、部長が出社する前にデスクに昨日買ったハンカチを置いておくつもりなのだけれど。


「小泉部長って…企画部の?」


後藤さんは眉を潜めてあたしを見る。
そりゃ、普通は企画部長と経理の新人が結び付くはずはない。


エレベーターの扉が開くと、後藤さんは開けるボタンを押してあたしを先に誘導する。
そんなさり気ない動作も、モテる男は様になる。


これが小泉部長だったら、さっさと乗り込んで、他人なんて気にもせずに自分のタイミングで閉じるボタンを押すに違いない、なんて。
気付いたらあの男のことばかり考えてしまう自分に呆れる。