月宮天子―がっくうてんし―

「でも、カレシじゃないんなら、誘惑しちゃおうかなぁ」


(ダメだ――-落ちる)


愛子は確信していた。あの意味不明な海の言い訳からして、誘惑されたらマジで海は市村とイタしてしまうだろう。

それで「覚えてない、病気なんだ」と言い出すのだ。

そう思った瞬間、愛子は思わずとんでもないことを叫んでいた。


「ダッ……ダメです。あの、ホントはカレシなんです! だからっ」


それを聞いた市村は満足そうにうなずく。


「そうそう。女の子は恋に素直じゃなきゃね」


そう言うと、クスクス笑って愛子の額をツンと突いた。


(――こ、恋? あの、ミドリムシ男に、わたしが恋?)


愛子の中で、海に対する『恋愛感情』に、自覚が芽生えた瞬間であった。


「あら? また何かあったのかしらね」


愛子が“恋”に気が取られていると、市村がボソッと呟いた。彼女は窓際に立ち、外を見ていた。確かにパトカーのサイレンがどんどん大きくなる。