月宮天子―がっくうてんし―

しばらくすると携帯から、


『あ、あいちゃん? あの、愛ちゃんだよね。あのこれは、なんと言うか』


必死で言い訳する海の声が聞こえてきた。

怒りのあまり、愛子はピンチも忘れ、電話を切ってしまう。


「今……取り込み中で来ないと思います」

「おまえ、自分の立場がわかってんのかい? 奴が来ないのなら、おまえを喰っちまうよ!」


女は再び愛子の首根っこを押さえ、長い爪を一本、愛子の目前にちらつかせた。


「あたしゃ、目玉が好物なんだ。もったいないから、最後に喰うとしようかね」


(カイの馬鹿っ! ここで喰われたら絶対に化けて出てやる! 一生、カイに取り憑いて祟ってやるんだからっ!)


愛子は心の中で、思いつく限り海を罵倒する。

だが、そのときだ。突然、辺りに人の話し声が響いた。



「朔夜様、例の事件現場付近で“獣人族(じゅうじんぞく)の白露(はくろ)”を発見しました。これより、処分します」


ひとりの青年が携帯電話に向かってそう告げた。

ピッと切るとそのままジャケットの内ポケットにしまい……そのジャケットを脱いだ。丁寧に畳むと、近くに止めてあるバイクのハンドルに掛ける。

余裕があるのか、元々几帳面なのか……その様子を愛子は唖然として見つめていた。

しかし、ジャケットの下は見事な筋肉の鎧だった。

黒いTシャツ越しにもハッキリわかるほど、鍛えられた無駄のない体躯。身長は見上げるくらい高い。精悍な顔つきで、目元口元はきりりとしている。そして、漆黒の髪を短く刈り上げ――。