月宮天子―がっくうてんし―

できる限り思い出さないようにはしている。

でも、あの駐在所の前も小学校の横も二度と通るつもりはない。そして、家の玄関を出ても、決して北案寺のほうは見ないことにしていた。

今はやたら近所を警官が巡回しているが、愛子には警官だから安心とはとても思えない。不意にあの顔が苦しみ始め、手足が毛むくじゃらになり、咆哮を上げて襲い掛かって来たら……。

そんな想像に背筋がゾクッとして、愛子は警官から逃げるように道を曲がってしまう。

コンビニの横を通り抜けようとしたが……そこは行き止まりだった。


「この辺行き止まりばっかり」


愛子はブツブツ言って引き返そうとした、そのときだ。



「あーら嬉しいねぇ。こんなとこで逢えるなんてさ」


そこには、姉の直子すら太刀打ちできそうもない妖艶な美女が、豊富な黒髪を靡かせ、立っていたのだった。


その女に会った瞬間――獣の匂いがした。

間違いなく、あの夜の恐怖の事件を思い出させる匂いだ。しかも女は、真夏だというのに、革ジャンにレザーのタイトミニ。生足にライダーブーツ……このアンバランスさはなんなのだろう? 

全身黒の装いは、ある意味不気味だった。しかも、革ジャンの下は何も着てないようで、露骨に谷間が見える。


「おまえ、こないだの『月宮天子』と一緒に居たお嬢ちゃんだね」


女はいきなりこんなことを言い出した。


「だから、『学校天使』って、いったいなんなのよ!?」

「ま、あの男が本物かどうかわからないけどね。でも『翠玉』はあたしらのもんだよ。返してもらうからね!」