月宮天子―がっくうてんし―

ガルルルッ! グァルルルルッ!


見た目は柴犬だが、牙を剥き、海の喉元を狙う。まるで狂犬病でも発症した感じである。


「一君。一君……俺の声を聞いてくれ……頼む」


そのとき、愛子は思いついたことを叫んだ。


「心よ! 心の中に嫌なものを抱えてるから……きっと獣になるんだわ! あの大鷲女が言ってたじゃない!」

「じゃ……どうしたら人間に戻るんだ?」

「わ、わからないけど」


さっき、蓮はパンダを人には戻せない、と言った。いや、自分じゃない……間に合わない、と。

とにかく言葉が少な過ぎて、何が言いたいのか今ひとつわからない。


しかし、今日はいったい、どういう一日なのだろう。

人生にそう何度もないような、試練とも言うべき決断ばかり強いられる。

愛子に、香奈を置いては逃げられなかった。だが、蓮がパンダ斉藤にトドメを差すのを、止めることはできなかった。

そして今度だ。

海と一の命を天秤に掛けて、どちらかを選べなんて酷すぎる。


だが今なら、その辺に転がっているコンクリートブロックで、柴犬を殴ることもできる。

海が言っていたではないか、子供でも家族三人を皆殺しにできるのだ。


ガルゥ! ガルルルッ!