それではあんまりだ。
 
あたしはここが好きだし、たとえお母さんでも口出しをする権利はないはず。

それにあたしは、大学に行きたいとも今のところ思ってはいなくて、声の仕事に就きたいという夢も密かに持っているから、そのためには専門学校も進路に考えていたりする。


「いいから。話は帰ってからにしましょう。早く荷物をまとめなさい、菜月。時間がないわ」


なかなか動こうとしないあたしにしびれを切らしたお母さんは、腕時計を見て時刻を確認すると、じりじりと距離を詰めてくる。

時間が押し迫っていることに対しての焦りと苛立ちが如実に顔に出ていて、その迫力に、あたしは思わず一歩後ずさってしまった。

だけど、ここで引いてはいけない。

ううん、引きたくはなかった。


「嫌だよ、まだ帰りたくない。ここにいたい」

「菜月……。本当に時間がないの。もう子どもじゃないんだから、わがまま言わないで」

「嫌だってば!」

「菜月!」

「だってそれ、全部お母さんの都合じゃん!」

「いい加減にしなさいっ!」


お母さんもあたしも、とうとう声が大きくなってしまって、夕暮れ間近の静かな民宿の中の空気が、音が鳴るみたいにビリビリと震えた。