「――その中で、30年もの長きにわたり店の看板を守り続けているのが、今回の依頼人である影山篤規である。小宮啓治が影山の経営する洋菓子店『Anju』を訪れたのは……」
息継ぎの合間に間宮さんを盗み見ると、どうやら目を閉じて朗読に耳を傾けているようで、これといった反応はなかった。
それがどういう意味なのかは分からないけれど、特に変わった反応がないところを見ると、おそらく、笑うくらい下手ではない、ということだろうと思う。
人に聞かせるのは初めてで、どうなることかと思っていたけれど、間宮さんの無反応な様子は逆に自信にもつながった。
あたし、そこそこいけてる……?
緊張で張りつめていた胸がキリキリと痛かったのだけれど、その痛みもいつの間にかスッと消えて、朗読に集中していた。
「――探偵・小宮啓治の事務所は、飲み屋街の外れにひっそりと建つ雑居ビルの5階に位置し、って、ま、間宮さん……!?」
けれど、この小説の主人公である探偵の説明に差しかかったところで、ふいに本に影が。
と思えば、なんと間宮さんがあたしの右肩にコツンと頭を預けてきたのだ。
勢いあまって本を閉じてしまったあたしの心臓は、早鐘を打つようにドキドキし、好きな相手でもないのになぜか顔が熱くなる。

