デイサービスのお年寄りたちを集会所の中に誘導し終わると、男性は俺に一通りお礼を言い、まだなお長蛇の列をなして陸地へ陸上へと避難してくる車があとを絶たない中、ワゴン車を反対方向に走らせ、施設へ戻っていった。
街の様子、被害の大きさや状況など、集会所の外から眺めるだけでは、詳しいことはまるで分からず、また、情報を得る手段も寸断されてしまっていて、歯がゆい思いばかりが募る。
テレビはもちろん使えない。
ラジオはどうだろう……。
それならば、電池さえあれば放送を聞くことができるし、少しは気休めになるかもしれない。
けれど、ある人が自宅からラジオを持ってきてくれ、しばし俺も放送に耳を傾けると、聞かなければよかった、と後悔するしかない現実が、そこから流れてくるだけだった。
震源は宮城県沖、津波は30メートル。
行政が完全に麻痺しており、被害の規模や死傷者、行方不明者の数は把握できていない……。
そのほか、地震や津波、原発についての報道がされてはいるものの、やはり情報が錯綜しているのは間違いないようで、聞いているだけで生命力を奪われていくような感覚に陥った俺は、途中でラジオの前から離れていった。

