「それじゃあ、私はちょっと用事で外すけど、自由曲、何を歌うかしっかり決めてね」
今日の音楽の授業は、夏休み明けに校内で開かれる合唱コンクールの自由曲を決めるらしい。
一応、教科書は持ってきたけれど開く必要もなく、先生も音楽室を出ていって、あたしがぼんやりしていても気にする人はいない。
とたんにザワつく音楽室。
それでも、少し身じろぎをすると、カサとスカートのポケットの中で手紙が擦れる音がした。
あたしのお母さんは小さな港町の出なのだけれど、その町でおばあちゃんは民宿をしている。
小さい頃から、夏休みはおばあちゃんの民宿を手伝うのが毎年のことだった。
ハルは、その民宿の近所に住んでいる、あたしと同い年の男の子だ。
おばあちゃんも自分の孫のように可愛がっていて、ハルもよく民宿に出入りしていたことから自然と仲良くなって……それで、いつの間にかあたしの初恋相手になっていた。
けれど、ハルとは今まで、夏以外は手紙のやり取りしか、したことがない。
もちろん、携帯を持つようになってからは、番号やアドレスを知りたい気持ちはあった。
ただ、ハルが携帯を持ちたがらず、夏が近づく頃にだけ、こうして手紙が送られてくる。