その指に触れて

「すみま……」


せん、と言いかけた口を慌てて閉じた。


扉を開けた途端、話してはいけないような雰囲気を肌で感じたからだ。


美術室の中に人は、いた。


キャンバスに描いている人が一人、椅子に座って静止している人が一人。


キャンバスに黒い棒を滑らせる音だけが響いていた。


人が入ってきたというのに、二人は気づいていないのかと思うほどに、その動きを止めずにいた。


いや、実際気づいていないだろう。


入った瞬間、その雰囲気を理解した。


あたしは美術のことなどさっぱりだ。中学の時はいくら頑張っても全て下書きとは全く違う形のものができあがったし、評価は三年間「3」だった。


高校に入って一年生は音楽か美術の授業を選択できるけど、あたしは当然音楽を取った。


だから、美術ができる人をあたしは尊敬しているし、自分には到底入れない世界なのだと理解している。


まさか、そのあたしでも理解できる緊迫した空気が流れていたとは。


緊迫、という表現はおかしいだろうか。集中した空気というべきだろうか。