翌朝──旅館にいる人たちがざわついている。 「ねぇ、聞いた? 近くの崖から車が落ちたんだって。それが殺人犯の乗ってた車だって言うのよ~」 「警察から逃げようと急いでたから、ブレーキかけ損ねたって話よね」 同じ会社の女子社員が、すでにくわしい事を聞き出していた。 全ての真相を知っているのは剛だけだ。 「知らなくていい事を知ること」が、これほど苦痛だとは思わなかった。 彼の普通の人生が、普通じゃない人生になった事は決定的だ。