俺は居間のソファに座って、ぼんやりお父さんとお母さんが帰ってくるのを待っていた。


あの二人、離婚なんてしてたくせに急に仲睦まじくなっちゃって、毎日一緒に帰ってくるのだ。


片方の仕事が終わったら片方を待って、電車に乗って帰ってくる。


いいとしこいてよくもまぁと呆れないこともないが、俺自身がそんな二人も見ているのが幸せだから仕方ない。


「ただいまぁ」


「おかえりなさいっ」


玄関にとんでくと、そこにはお父さんしかいなかった。


「あれ……お母さんは?」


「うーん、今日はユウ太といようと思って、帰ってきた。」


お父さんが俺に向かってにっこりする。


……お母さんが今の言葉聞いたら嫉妬の嵐が吹き荒れそうだ。


なにしろ、息子にもと旦那の監視なんてさせてたヒトだ。


息子にだって、容赦なく餅を焼くだろう。


「その言葉、お母さんの前では言わないでね。」


「分かってるよ」


えらくご機嫌だ。


俺はお父さんの手から鞄をふんだくって、居間へ戻った。


お父さんの手に持たせておくと、鞄をポーンと居間の真ん中にほったらかしてしまうのだ。


晩ご飯はお母さんが帰ってきたあとだろうから、俺は冷凍の枝豆をチンして、缶ビールと一緒にテレビの前のテーブルに置いた。


ソファに座って目をつむっていたお父さんは、


「ありがと」


と言って俺を手招きした。


「何?肩でも…うわぁっ」


近づいていくと、ひょいと引き寄せられて、気がついたらお父さんの足の間に座らされて、後ろからぎゅーっと抱きしめられていた。


俺は思わずため息をつく。


「パ……お父さん、俺、高二なんだけど。」


さすがに親子でいちゃつくには年取りすぎてる。


たとえ見かけは小学生であったとしても。


「いいだろ?一年ずっと会えなかったんだから。」


うっ


それを言われると痛い。


言葉に詰まる俺を見ながら、お父さんは背後で女の子たちを脳殺させる笑みをうかべているに違いない。


俺は再びため息をついて、体重を後ろにあずけた。


冷静に考えれば、今俺に抱きついてるのは恋敵。


ミミ子ちゃんはお父さんに恋してるんだから。


まぁ、彼氏は俺だけどっっ


「ユウ太、いつのまにかパパのことお父さんって呼ぶようになったよなぁ。」


お父さんの声音に寂しさがにじむ。


「さすがに恥ずかしいから。」


今でも時々、パ……ってでかけるけど。


「自分のこと、ユウ太って呼んでたのが僕になって最後には俺、だもんな」


これは少しおかしそうな口調。


俺が自分のこと俺っていいだしたのは、お父さんとお母さんが離婚してすぐのことだ。


それでも他の子に比べればかなり遅い『僕』から『俺』への移行だった。


自分の呼び方変えればって俺に言ったのはヒロ人。


親の離婚で意気消沈してる俺をみかねてか、ヒロ人が言ったのだ。


『自分のこと、俺って言ってみたら?」


『へ?』


『単純なことだけど、一つの区切りとして、新しい自分になれた気がするかもしれないよ。』


今と変わらない無表情で。


後になって思いかえしてみればヒロ人というのは恐ろしい子どもだ。


思考がすでにあのころから子どもではない。


つか、老成してる。