猫が顔を上げてこっちを見た。


「は? 何かおっしゃいました?」

<侍女>が聞く。


「猫に名前をつけたの」

ラドリーンは前を向いたまま言った。

「食事の時、あの子にも何かちょうだい」


本人は全く気付いていなかったが、ラドリーンが何かを望んだのは初めてだった。


「かしこまりました」

<侍女>は内心の驚きを隠して、平板な声で答えた。


間もなく、<侍女>と入れ代わるように<影>たちが朝餉の支度を始めた。

テーブルの上に皿が並び、小さな皿も床に置かれた。

<影>がラドリーンのゴブレットに山羊のミルクを注いだ後、床の皿にもミルクを入れた。


「おいで、リナム」

ラドリーンが呼ぶと、猫は尻尾をピンと立てて優雅に四つ足で歩いて来た。


ラドリーンは、ちょっとだけがっかりした。


猫は喋ったりしない。

喋らなくてもこっちを見て、呼びかけに応えてはくれる。

でも、喋ったらどんなにいいだろう。