口のきけない者を集めたのか、喋るなときつく言われているのか、どちらにしろ<影>達は決して口をきかなかった。


城内には他にも<騎士>、<従者>といった男達がいた。

が、こちらはラドリーンの近くに来る事はなく、ラドリーンの毎日には会話というものが殆どない。

自分の名前さえ忘れてしまいそうだ。



「お髪(ぐし)が乱れておりますよ。おいでなさいませ」

<侍女>はラドリーンを鏡の前に座らせた。


けして映りがいいとは言えない銅の鏡に、黒い瞳の少女が映った。

年の頃は16、7だろうか。

美人かどうかはよく分からない。

比べる対象が<侍女>と<影>だけなのだから。

けれど、朧げに覚えている母には似ている。


<侍女>はリボンを解いて、ラドリーンの長い黒髪を丁寧に梳いた。


「外の空気なら、中庭をお散歩されてはいかがです?」


空と壁しか見えないじゃない――と思ったが、ラドリーンは『そうね』と答えた。


城の西側の区域、そして中庭がラドリーンの世界の全てだ。

幼い頃はそれでよかった。