男は中空のテラスを突き進み、洞窟の岩壁の前に立った。

片手を上げて壁に当てる。


歌っている?


ハミングするような微かな歌声が、ラドリーンの耳に聞こえた。

洞窟に歌が反響し、こだまがさざ波のように寄せて来る。

男の手の下で岩壁が揺らいだ。

ラドリーンの目の前で、岩壁に大きな両開きの黒い扉が現れた。

男は何でもない事のように片手で扉を押し開き、閉まらないように背中で押さえた。


「中に入るがいい」


ラドリーンは少し躊躇った。


「夜明けまでそこにいるつもりか? 朝日が差し込んだところで、俺は土くれにはならんぞ」


からかうような男の口調に、ラドリーンは少し苛立った。

つんと顎を上げ、背筋を伸ばして男の横を通り抜けた。

扉の中に入ったラドリーンは、面食らって中を見回した。


ここは洞窟の中のはず?


扉の中は男の家のようだった。

どこか、書棚の奥の秘密の部屋に似ていた。