最後に別れの挨拶をすると、アルフレッド卿が丸太のような腕でラドリーンを抱き締め、背中をポンポンと叩いた。

「一緒に行く事はできませぬが、姫のご無事を祈っておりますぞ」

ラドリーンはにっこりと笑って巨漢の貴人を見上げた。

「ありがとうございます。あの……奥方様は?」

「あれは、少し世間から離して静養させるつもりです。貴女には申し訳ない事をした」

「いいえ。卿には感謝しています。色々教えて下さった事も、この衣装のことも」

今ラドリーンが来ているのは、ここに着いた時の馬鹿げたドレスではなく、動きやすい乗馬用の衣服だ。
黒と見まがうほど深い緑色のチュニックは、一見、丈の短いドレスの様だが、両横に深いスリットが入っていて動きやすい。その下は、たっぷりと襞を取ったズボンになっていた。

「行くぞ、ラドリーン」

アスタリスが背後から毛織りのマントを着せかけた。空のような淡い水色のマントだ。

ラドリーンは頷き、黒いドラゴンの背に乗せられた。

アスタリスは、アルフレッド卿と固い握手を交わすと、リナムの首根っこを掴んでドラゴンに飛び乗った。

ラドリーンの背後から、低く小さな歌声が聞こえる。

すると、銀色の光がドラゴンの頭から尻尾にかけて走り、奇怪な形の鞍が表れた。

「しっかりと掴まっていろ」

アスタリスはそう言って、背後からラドリーンを包み込むように鞍の突起を握らせた。