「なによ…ここは…」

そこは「闇」だった。

真っ暗で暗いと言うより暗黒の垂れ込めた空間…声も、音も何も聞こえない…
息苦しいような空気感。ひんやりと冷たい感覚がヒナを包む。


「誰か〜?さっきの人〜どこ〜?」
暗闇に打ち負けないように、
恐れや不安をかんじないように
わざとらしく大きな声を張り上げた

「あなたは一体なんなの?…」

さっき、遠くに聞こえていた人の声はすぐ近くに聞こえていた。

なぜだか、その人の存在を感じたとたん、不思議な感覚にとらわれる。



〜知ってる…知ってた?昔から?〜


「ジュン!!」
「えっ??」

その人の驚いた声が暗闇に響く。
まさかこの暗闇の中、顔も見えない知らない誰かに名前を当てられることはそうはない。

そう。なぜだかヒナはその子の名前を知っていた…


「どうして…私の名前を…」
声を頼りに近づくにつれ、少しずつ目が慣れ、お互いの姿が見えるようになる。

ヒナの世界の常識では考えられない、三角帽子や紅い珠の付いた杖、マントがわりの長いストールを着た翡翠の瞳の女の子にも驚かない。

逆にジュンの方は面食らっていた。
見ず知らずの女の子にまるで、昨日別れた友達の再会のように目の前の女の子が満面の笑顔だからだ。

「???」

「私はヒナ!これからよろしくね!
ジュン!」

ヒナは闇の中とは思えない明るい声で、不思議がる女の子に笑顔を向けた。


[newpage]

「どうして、私の名前を……」

信じられないといった表情でジュンはヒナを見ていた。
不思議なことに暗闇の中でもお互いの表情も手に取るように見ることができていた。

「え?だって…」

その時だった。
ピンと張りつめた高音だが、威圧感のある声が響いた

『来たか……忌まわしき宝珠使い…』


スゥッと空気のように現れたのは紫の長い髪を下の方で一つに結び、時計をかたどったネックレスを下げた女性。

女性が現れると共に辺りは急に明るくなり、ヒナ、ジュン、そして声の主の姿が浮かび上がる。


ジュンはその姿が浮かび上がると同時に信じられないといわんばかりに顔を強張らせていく。

「え……あなたは…まさか宝珠様!?」

「は?ほうじゅって?」

ヒナはそう聞き返しながら先程の番人の言葉を薄く思い浮かべていた


『……我はこの時を守りし【時の宝珠リイム】
…なぜ、現れたのじゃ、宝珠使い。』

「………ん??私のこと?」

リイムと名乗る宝珠の目が真っ直ぐに自分に向けられヒナは驚いて答える。

『長き守護の時は革新の時に配されてしまうか……。』

「はぁ?なんのこと?宝珠…使いって私が…?」

宝珠はゆっくりと頷き、ヒナを見つめる。
その目を見つめながらヒナは忘れていた記憶をゆっくりと思い出していく。

「え……………」

忘れていたというよりは記憶の奥にしまい込んだ言葉……。



【ヒナ、あなたは117代目の革新の光力を受け継いだ子。覚えていなさい。あなたが望めば宝珠と世界の門が開き、あなたを求める。】

今はなき、ヒナの祖母が幼いヒナに物語として語った話だった。


[newpage]

~あのおばあちゃんの話はまさかこのこと…?
それに私のすべきことって?……~

受け入れがたい記憶と現実の狭間で自問自答する思考を振り払うように首を振る。

「あなたが…宝珠?
私たちが探さなきゃならない…?」


「宝珠様!!」

ヒナが口を開くと同時にジュンが思いもよらない大きな声で叫ぶ。
さっきの様子とは違い、必死でなにかを懇願する表情だ。

「宝珠様、お願いが……!」

『お主の求める答えは我は持っておらぬ。持っていたとしても、今のお主に渡すわけにはいかぬ。』

間髪入れずジュンの言葉を遮る宝珠。冷たい目と突き放した言葉をジュンを見ることはなく浴びせる。

「そんな!今も私の村は……」

『…………。』


宝珠はジュンには言葉も視線さえも送らず、真っ直ぐにヒナを見ている。

その宝珠の態度に普段のヒナの怒りの感覚がかえってくる。
自分の気持ちに正直で怖いもの知らず。
破天荒ともいえるヒナの生まれ持つ感覚が。

「なんでよ…」
『………』

「その子困ってるじゃない!!」
『………』


「宝珠か、神だか、なんだか知らないけど、人間を助けたり見守ったりするものなんでしょ!?
なんで、そんな見捨てるようなことが言えるのよ!!
ひどいよ、あなた!」

『…今さっきこの世界に流れ着たばかりのおまえに何がわかる…』

「わかんないわよ!!」


それでも突き刺すような宝珠の言葉にヒナは立ち上がり、気持ちをぶつける。

「全然わかんない!!この世界もあんたも!」

ヒナの気持ちにしばしの沈黙が訪れる。
その瞳をじっと見据える宝珠の表情が不敵な笑みを浮かべるのはそう遅くなかった

『フフ…おもしろい…』
時の宝珠がスッと手を挙げた瞬間、ヒナの意識は急に遠のいた…。



[newpage]

「ヒナ〜!?」

その頃、こうは時の止まった街を何周も走り回り、急に消えたヒナを探している
最中だった。

「ったく、あのバカ…見つけたらただじゃおかね〜!!」

と言いながらも探し回った疲労と、それ以上に受け入れがたい
この現実を受け入れた精神的疲労でその場に座り込む。

~この先、あいつも、オレもどうなるんだ…~
辺りを見渡し、味わったことのない孤独感、疎外感に
包まれはじめた…

ちょうどその時だ

ゴーン、ゴーン…
時計塔の鐘が重厚で寂しげに響きはじめた

「鐘……時計塔か…あ~もう!!
1時間も探して……ん?」

こうは呟きながらもあることに気付き、ゆっくりと立ち上がる。

〜ここは時が止まってるはず…なんで時計だけ動いてるんだ…〜

視線を時計塔に向けると確かに時計の秒針が一秒、一秒時を刻んでいた
「…よし!」

こうは、思いついたように時計塔目指して走り出そうとその足を一歩踏み出した。



「っと!!」

足元を見ず走り出したせいか、地に埋まる石につまづいてよろけ、こうの動きは止まった。
だがそれは幸運だった。

「なにぃ〜〜〜〜〜!!」

なぜならそこには今の今まではなかったはずの時計塔の目の前に、
まるで行く手を阻むかのような大きな湖が広がっていたからだった




「………泳ぐか……?」

一瞬の後、ひとりでボケるこうだったが、合いの手をいれるものはいるはずもなく、また、呆然と立ち尽くすこうであった。