『そして世界は平和に。めでたし、めでたし…』



パタン……

1人の女の子がお気に入りの絵本を読み終え、頁を閉じた。

茶色の髪をポニーテールに結び、華奢な体をして足を投げ出すように寝転んでいる。

名前は夢上 光已奈(ゆめうえひいな)
通称ヒナ。


「夕暮れをのんびり過ごす。まさに正しい誕生日の過ごし方ね」

だれに言うでもなく呟くその言葉は埃っぽい部屋に静かに響く。

今日はヒナの15歳の誕生日だった。
お気に入りの書庫でひとりのんびりと過ごす時間はヒナにとってなによりの宝物だ。

書庫とはいっても絵本作家だった今はなきヒナの祖母の部屋のためか、あるのは古びた絵本ばかり。

だが、ヒナは昔からこのほこり臭い書庫が大好きだった。

緩やかなまどろみが訪れ、眠りに落ちようかというまさにその時、静かだった書庫に風が吹く

「おい、ヒナ!いんのか!」

「ん?こう?」

ヒョイッと開け放たれていた書庫のドアから現れたのは幼なじみの興田 洸(こうだ こう)だった

青黒い髪の毛を無造作に伸ばし、前髪を邪魔そうにかきあげる。

「おまえ、またここにいんのかよ。もっと女らしく連中と買い物でもいかないのか?」

「まっさか〜!せっかくの休日に?」
笑い転げるヒナ。
あきれるこう。

学校では、女らしく女友達に話を合わせるヒナだが、幼稚園からの付き合いのこうには、まるで男友達のように接することができる。

「で、何しにきたのよ」

「これを渡せって。お前のかーちゃん。」

こうの手の平で光ったのは錆びて鈍く光る小さな鍵。

「あ…」

見た瞬間。
記憶がよぎる。

幼い頃の誓いと願い…。


まさかね…



まさか。


「それと、おまえ…今日誕生日だったよな、それで…」

なにやら話し始めたこうの手から鍵を奪うように取り、目的のモノを探す。


「見つけた!」

バツが悪そうに私を見るこうに差し出し
たものは…



「本?」

ヒナが差し出したのは絵本ばかりのこの部屋で、珍しく分厚く、古い本だった。


「おばあちゃんがね、昔、私が15の誕生日を迎えたら見せてあげるって言ってた本よ」

そう言いながら、優しいおばあちゃんの面影を思い出していた。

「ふーん…」
こうは興味なさそうに本をひと通り眺めると突っ返した。

「この鍵を…ここかな?」

まるでプレゼントのリボンを解くように本の側面についた鍵穴に鍵をさす。
錆び付いてはいるが、少しの力で回すことができた。

カチャ…


フワッ


え。

ブワッ


一瞬


光と風が通り過ぎた



そう。通り過ぎただけ。

そう思った。
目を開けたら
そこは……



そこには大自然が…
あるはずのない、ありえいた…

「あり……えな……」
声が声にならない。


「まじ………か?」

「こう!?」
隣には目をまん丸に開いて立ち尽くす幼なじみの姿があった。


[newpage]

しかもただの大草原ならまだマシだった。
そこが見知っている世界の姿であれば。

しかし、

空には二つの白い月、赤と青の星。
見たことも無い高い塔。飛ぶ鳥も摩訶不思議な色形をしている。
なにより、どこをどう見ても、人が見当たらない
それはつまり、見たことも聞いたこともない世界の証…。


「うそでしょ!?なんのドッキリ?
あ、あんた、またなんか私をはめようと…」


「いや…」

「まじだ…」
「……」


「マジに。」
「…………」

黙り込むこう。


もー。ここはどこなの〜よ!!


気持ちを爆発させるように視線が空を仰いだ時、違和感に気付く。

空から白い光が降りてきた。

ふわふわの雪のように、そよ風に揺らぐ綿毛のように…

ゆっくりと…

ふわっ
思わずすくうように両手を差し出す

「なに?これ…」
手のひらに乗った光はポンっと音をたてて弾け飛んだ。


「ウッキー」

「え…」
「……サル」

光が消え、手のひらに残ったものはサルの形をした小さな生き物。

背中には羽根が、頭の上には丸い珠が浮かんでいる。なんとも不思議な生き物がちょこんと座っている…

「かわいい〜」

「うっわ〜現実逃避かよ…」
「うっさいわね!」

こうが飽きれ、ヒナが頬を膨らませると、

「ウッキー」
サルは何かを見つけたように飛び出した。

「あっ!待って、モンタ!!」
思わずヒナも駆け出す。

「うぇ??
モンタって……名前か、つけたのか、今つけたのか!?」

2人は不思議なサルを追って走り出した。

っと……

ドン!

「痛っ」

サルを夢中で追ってきたヒナは誰かにぶつかったかに見えた。


「人……か」

後から追ってきたこうがヒナに手を貸しながらいぶかしげに声をあげた。


『モンタ……名前をつけてもらったのですね。』
優しそうに微笑むその人。

「誰?」

そこには、透き通るような白の長いローブを纏い、これでもかと神秘的な雰囲気を漂わせた女の人が立っていた。
まるで俗に言う「女神」、「精霊」のような揺らぎのような存在。。

さっきのサルはその精霊の肩にちょこんと座っている。


『私は宝珠守りし番人』
番人と名乗る精霊は独り言のように細くだが凛とした声を発する。

「はあ…。番人…?」

『なぜ、ここへ来たのです…』

「こっちが聞きたいわよ!!」

その言葉に間髪入れずヒナが喚く
ヒナの言葉とは逆に冷静に言葉を発したのはこうだった

「あんた…ここを知ってる人間か?」


「…ここはどこなんだ?オレ達は元いた場所に帰りたいんだけど、もしかしてなにか知ってるんじゃないか?」

こうが矢継ぎ早に質問をすると
その番人は静かにその問いに答えていく

『ここは…デタルタロン…あなた達のいた世界とは別の世界。』


『あなた達が帰るべき時がくれば帰れるはず…そうでないのならば…すべきことをするのです。』