オフィスビルの25階

4台並んだエレベーターの前でどれが一番先にくるか予想中


「あっれー?月野さんおでかけっすか」

「んーん、受付に書類預けに行くだけ、木野くんは?」

「俺は今からちょっくら隣町の取引先まで行くとこ」

「寝不足顔してるよ、車の運転気をつけなネ」

「あれ、心配してくれてんだ、だったら早く彼氏と別れて俺の女になってくださいよ」

「それはダメ、他あたってください」


同僚の木野くんは飲み会やこーして二人で顔を合わすとすぐこんな冗談を言う


最初は笑ってごまかしてたけど、最近は言い返す


これ、あいさつみたいなもん……?

ま、いーや


リンゴーーーン


下行きのエレベーターが1台到着して、オルゴールのような音を鳴らしながらドアが開いた

中には数人のサラリーマン

書類に目を通していた一人が視線を上げてこちらを見ると嬉しそうにほほ笑んだ

(トオルだ)とほほ笑み返すアタシの横を、木野くんがスッと追い抜かして先にエレベーターに乗り込んでいく

アタシも慌てて乗り込んで、トオルの横に立つ


「おつかれ」

「おつかれさま」


小声で話す、恋人たちの会話

「トオル、今日は何時に終わりそう?」

「多分19時には終わる」


17階で再び止まってエレベーターに更に人が乗り込んできた

人と人の空間が狭まっていく


ツンツン……


と腰のあたりをつつかれて斜め後ろを見ると、木野くんがニコッと笑った

……ちょっと、場所わきまえてよ

と言えずに無視


「ねえ、一緒に帰れる?」

「オッケイ」

トオルは書類に目を落としながら指でオッケーサイン


ツンツン……


もう、またっ


わざとアタシはトオルを見上げて言った


「寄り道したいな」

「こないだ言ってた女子に人気のダイニングバーだろ?」

「……すごい、以心伝心だ」

フフッて笑うと、後ろから少し強めの(ツンツン)がきた


…くすぐったっっ!

ビクッとなる体

途中で何度か止まるエレベーター

さすがに会話するのは気が引ける混雑

黙っていると、木野くんに密着している背後にどうしても意識がいく


ツンツンがいつのまにか……


小さくス――と背中を下りていく指


信じられないって怒る反面、その指先に神経が集中していくのがわかる


ストップ……!


と思った瞬間に地上に到着したエレベーター


波に流されてトオルが先に降りていく

アタシもサッサと逃げるように降りようとすると、一瞬だけ腕を引かれて足が止まってしまった


「俺も、本気なんだけど」


そう言い残して、木野くんはアタシより先に行ってしまった



bad boy