「ここでいいわ、送ってくれてありがとう」

王宮の門が見える場所まで来ると、ラサは羽織っていた布をマルジャーナに差し出して言った。
衛兵達がちらちらとラサに視線を向ける。

「明日にはラサ様の服も乾くと思います。本当にお届けしなくてよろしいのですか?」

「うん。この服も返さなくちゃいけないし……」

マルジャーナをスラムに来させることなど出来ない。
本音を言えば、黎明のことが気になるのだが。

「では、これを。お訪ねの際は、此れを門番に見せて私か藍深(ランシン)様をお呼びください」

そう言って、マルジャーナは艶々と光る緑の石が付いたブレスレットをラサに差し出す。

「これは……」

「翡翠(ひすい)です。華国の者は皆此れを身につけていますので、見せれば華国の関係者だと分かるでしょう」

ラサはブレスレットを受け取り、左腕に嵌めた。
柔らかさのある独特の色合いが美しい。

「ありがとう」

マルジャーナに礼を言い、ラサは銀色に輝く門をくぐった。
真っすぐに続く道を更に進むと、堅固な石の門が見えてくる。

下ろしていた髪を纏め、後頭部の高い位置で括る。

仮初めの時間は終わった。
門の向こうには、現実の日常が待っている。

ラサは翡翠のブレスレットを袖の奥へと隠し、自らが暮らす街へと戻っていった。