「ちょっとこれ持って待っててね……」

 足を止めて彼は私に傘を持たせた。
 
 どうやら彼のアパートに到着したようで、鍵をポケットからまさぐり出している。

「あの……会社に行く途中だったんじゃないですか?」

 そう言うと、彼は腕時計を見て苦笑した。

「もう遅刻……気にしなくていいよ」

 渡してもらったタオルで自分の体を拭いている間に、彼はコーヒーを淹れてくれた。

「コーヒー嫌いじゃなかったら……あったまるよ」
「ありがとうございます」

 そっとマグを受け取る時に触れた手の感触。

 ドキンと胸が鳴って、自分でもこの気持ちが何か表現する言葉が見つからなくなった。