「マキちゃんチュー」

「だが断る」

近づいてくる顔を押しのけながら、ふと思った。

こいつ、いつもチューとか言ってるくせに、私に手だしたりしてないな。

「…なんで?」

「なにが?」

こぼれた疑問が魔王の耳に届いたらしい。
きょとんとした顔で、魔王は首を傾げた。

「…いや、なんでもない」

なんでだろうか。
実は、私のこと好きじゃないとか?
好きじゃないけど、身寄りのない私が気兼ねなく?過ごせるように…?
なにこいつ、いいやつじゃん。

それに、私が好きじゃないなら、これからも手はださない。
つまり、私ラッキー。
衣食住が無償で与えられてるなんて、私恵まれてるかも。
いやでも、ただより高いものはないって言うし…ここはいっちょ、私の手作りクッキーを!ってだめか。
んー、やるなら部屋の掃除?マッサージ?
メイド服はいやだけど、そんな感じの仕事がいいね。
さぁ、思い立ったが吉日だ。

「魔王」

「なぁに?」

「働きたい」

「だめ」

またそれか。
だめだめだめだめうるさいなー、もう!

「怪我しないような仕事だってあるでしょ?
てか、あんたはちゃんと働いてんの?」

魔王が働くってなんだろう。
あれか。世界征服か。

「えー?…もちろん、働いてるに決まって「魔王様!!今日という今日は、働いてください!」…ちっ」

態とらしく台詞の間に隙間をいれながらも答える魔王の言葉は、大きな開閉音と謎の声によって遮られた。
良い子も悪い子も舌打ちとかしちゃだめだぞ。

声のした方を見ると、そこにはなにやら立派な服(人はそれを鎧と言う)を着た、やつれた若い男が、今にも顔面爆発するんじゃないかってくらい顔を真っ赤にして突っ立っていた。

「魔王様!!いったいいつまでだらけているおつもりですか!?
時は刻一刻と迫ってきているのですよ!?」

ダンダンダンと、足音をたてながら近づくこの人は怖い。
巨人ほどではないが、怖い。

そんな彼の様子に少しも気兼ねすることなく、私の髪を弄くりながら、のんびりとした口調で魔王は告げる。

「僕が居なくたって、君らは十分やっていけるさ。大丈夫。この僕が保証するよ。
というわけで、僕はマキちゃんとラブラブするからさっさと出てってよ」

なんて適当な。つか魔王あんた本当に仕事してなかったんだな。

「ニートは嫌い」

背中が震えた。
つまり、魔王が震えた。

「マキちゃんマキちゃんごめんよ。僕が悪かった。仕事する。するよ」

魔王の口から流れ出る言葉はまるで弾丸のようだ。
まったく仕方のないやつだ。
ついついため息がこぼれる。
私は働きたいのに、働かせてくれないくせに。

「……あ、そうだ。マキちゃんにもお仕事あげる」

「え?」