「マキちゃんチューしたい」

「やだ」

私は、魔王の戯言を即座に一刀両断にした。
いつも思うが、今時チューしたいはないだろう。
どこぞの恋愛小説だというくらい甘い。甘い。甘すぎる。
そういった恋愛小説では、

『え///…ぃ、ぃぃょ///』

とか

『な!?なに言ってんのよばかぁ!!///』

なんていうリアクションが返るんだよな。
あー、甘い。
そりゃあね?美形にそんなこと言われたら、やっぱドキドキするだろうけどさ…。
え?魔王は美形じゃないのかって?
美形だよ。

ただ、正面から言われてないことや、(声が震えていることから予測して)面白がってる節があるため、ドキドキはしない。

それに、この性格だもの。
いわば、残念な美形なるものですよ。

「えー、マキちゃんは、僕のなにがたりないって言うのさ。
自分で言うのもなんだけど、僕は顔も整ってるし、権力も富もある。
それなのに、どこが不満だっていうのさー」

そう言われると確かに。
でも、キスは乙女(笑)にとっては重要なのものだし…。

『ファーストキスは、大好きな人のためにとっておくの!』

ふと、昔の記憶が浮かびあがった。
忘れたものだと思っていたが、もしかしたら、心の奥では諦め切れてなかったかもしれない。
胸がずきりと痛んだ。

「…なんで、だろうね…?」

彼と魔王の違いは色々あって、どっちかって言うと、魔王の方が好条件だ。
そんな人にチューしたいなんて言われて、それでも、忘れられないのは、なんでだろう?

「もしかしたら、キスしたらわかるかもよ?」

いつの間にか下を向いていた顔をあげると、目の前には何時になく真剣な、あの整った顔があった。
気づかぬ内に体を反転させられていたらしい。
機から見たら、私が魔王の膝にまたがり、顔を近づけているように見えるだろう。

「っ…!」

すぐに魔王からおりようとするが、腰をおさえられているため、身動きが取れない。
せめてもの抵抗に体を仰け反らせた。

「ね?マキちゃん。チューしよ?」

「や…だ!」

魔王は片方の手で腰をおさえ、もう片方の手で私の頬をゆっくりと撫でた。
その手が唇に辿り着くと、ゆっくりとその形をなぞる。
それはまるで、そこにキスをするよと言っているようで、私の頬に熱が集まった。

「そんな顔して言ったって、説得力ないよ?」

魔王の不敵な笑みに私は体を強張らせる。
この目は、絶対的な存在、支配者の目だ。

私はついつい忘れていたようだ。
彼が、あの魔王だということを。