「マキちゃん酷い」

エーテルちゃんが帰り、二人っきりになったところで、魔王が私を睨んで言ってきた。
心当たりはあるが、あえて聞いてみるとしよう。

「なにが」

「ご褒美!!くれるって言ったのに!」

やっぱりそれか。
ベッドに腰掛け、足を組む。
まだ立っている魔王を見上げ、意地悪く頬笑む。

「あげたじゃない。ケーキ」

「違うでしょ!そこはチューでしょ!?なんでケーキなのさぁ!!」

ついには目に涙を溜めて訴える魔王の肩に手を置き、その場にしゃがませる。
まるで、おすわりをする犬だ。
それに素直に従う魔王って…。

「君は、子供の前でそんな破廉恥な行為をする魔人なのかい?」

「魔人とはそういうものだよ」

マジかよ。
でも例えそうだとしても、そう言わないのが常識でしょ。
ケロリと言って見せた魔王の頬をぺちんと両手で挟んだ。

「マキちゃん、チューしよ?」

今度は魔王の手が私の頬を包み込み、ずいっと顔を引いた。
自然とお互いがお互いの頬を挟み合い、近距離で見つめ合う形になり、顔が火照る。

は、恥ずかしい…。

いくら経ってもこれに慣れるのは難しそうだ。

「………」

それなのに、魔王は余裕そうに笑うだけ。
なんなの、この差。
経験の差?
つまり、こいつはそういう経験豊富ってこと?
なにそれ。私はこんなことで、照れて顔赤くしてるってのに。

「……ね?」

こてんと首を傾げ、上目遣いでおねだりした魔王に少々の苛だちや嫉妬など吹き飛んだ。
そりゃそうだよね。こんなに美形で、甘え上手な魔王様だもん。
モテない方がおかしい。

「……うん」

その言葉に魔王の顔がパッと明るくなり、尻尾がブンブンと振られ、犬耳がピーンと立っている幻聴が見えた。
つまり、喜んでいるのだろう。

まるで犬のような魔王の顔が、一瞬で獲物を狙う肉食獣のような鋭いものに変わる。

「それじゃ、遠慮なく」

ただでさえ近かった魔王の顔との距離が0になる。

少し離され、再び唇に生暖かい感触。
何度も何度も角度を変えられ、唇を重ねられる。

回数を重ねるごとに酸素が足りなくなって、頭がふわふわする。

やっと唇が離れた時には、身体の力が抜けて、魔王の首に腕をまわしていた。
魔王の手が離れ、そのまま頭を魔王の肩に預ける。

たかがキスがこれほど気持ちいいものだとは思わなかった。
さすが経験豊富な魔王様。

「……マキちゃん」

なに?魔王。
言葉にするのも億劫だ。

「僕、こうゆうことするの、初めてじゃないよ」

知ってるよ。わかってるよ。そんなこと。
きっと今顔をあげたら、すごく申し訳なさそうな顔してる魔王が見れるんだろうな。

「……でもね」

魔王が私を抱きしめ、耳元で囁く。
もう、私の身体はベッドからずり落ちて、魔王にもたれかかっていた。
床はふかっふかの絨毯だから、汚れの心配はない。
てゆうか、そんな心配してる余裕ない。
魔王のちょっと早い心臓の音が、私の心臓の音とシンクロして、とても心地いい。

「こんなにドキドキしたのは、マキちゃんが初めてだよ」

あぁ、魔王もちゃんとドキドキしてたんだ。
ごめんね。私は、こういうことは初めてだけど、ドキドキするのは初めてじゃないよ。

「お互い様だね」

寂しそうな魔王の声で、はっと頭をあげる。
そしてその顔を見て、顔をあげなければよかったと後悔した。
でも、目が離せない。
その顔は、哀しみと切なさとあとなにか、どす黒い感情で歪んでいた。

それが、魔王が思ったよりも脆く繊細な存在だと証明し、今、慰めなければいけないような衝動に駆られる。

「…魔王」

でも、どうやって慰めたらいいのだろう。
相手の望む言葉を的確に言い当てるのは、至難の技だ。
それを、この魔王相手にできるだろうか。
溯夜を相手にするよりも、ずっとずっと困難だ。
だが、やらねばならない。
何故なら、そう。

私は魔王の彼女なのだから。



「魔王」

私は思い切って魔王の頬に手を当て、魔王が返事をするよりも先に、その唇に口付けた。

…が、勢いがよすぎて、歯と歯がガチンと音をたてた。
羞恥で顔が赤くなる。
すぐに、唇を離し、その勢いで身体も離す。
すぐ近くにあった体温が消えたことに寂しさを覚えるが、このままくっついていれるほど、私の心は強くない。
なるべく魔王を視界に入れないように顔を背ける。

「……いや、あの…。つまり、その…」

なんとか、思いを伝えようとしても、上手く言葉が浮かばない。
もう、このままでは埒が明かないと判断した私は、やけくそで叫んだ。

「今は、魔王が一番好きで、魔王以外、眼中にないから!!」

だが、魔王から反応はない。
ついに、いたたまれなくなって、ちらりと横目で魔王を伺う。
魔王の表情は、呆気にとられたまま硬直しており、目の前で手を振ってみても、動かない。

………まさか、さっきの告白(慰め)聞いてなかった!?

え?嘘!じゃあ、私言い損!?
うわぁあ。また恥ずかしい思いして意味なかったとか!

私が心の中で叫んでいると、突然腕を引かれた。
ぎゅっと抱きしめられる。
背中に再び体温。
胸が跳ねる。

「ちょっ!魔王、なにし…」

暴れる私を抑え込み、首に顔をうずめた魔王。

「大好き」

ぽつりと零れた大好きが、私の身体に沁み渡る。
身体から力が抜けて、されるがままになった。
これじゃまるで、それが私にとっての精神安定剤みたいだ。

「大好き。マキちゃん。大好き。大好き。愛してる」

魔王の声は震えていた。
その理由が歓喜なのか、哀しみなのかはわからない。

「大好き」

ただ、なんとなく、歓喜の方じゃないかなと思った。

あなたの喜びは私の喜び。

「うん」

あなたが喜んでくれるなら、何度だって言ってやろう。

「私も、魔王が好きだよ」

ぎゅっと腕にこもる力が増した気がした。

「大好き」

それがどちらの口から零れたのかはわからないけど、どっちでもいいや。
同じ気持ちなことに、変わりはない。

「大好き」

魔王、好きだよ。