サクヤの言葉とともに、結界が崩れ落ち、ウルフレンが四人に襲いかかる。

サクヤとカレンは剣でそれを薙ぎ払い、サラサはそんな二人に補助魔法をかける。
ミリアは自作の魔道書を広げ、ページを破る。

「…!」

そこで、巨大化の魔法陣が描かれた手袋を着けていないことに気づき、慌てて腰のベルトを見る。
ところが、いつもはそこに挟めているはずなのに、なにもなかったことに青ざめた。

「……なん…で…?」

必死に頭を回転させ、原因を探る。
思考の渦に呑まれそうになるミリアをサラサは怒鳴りつけた。

「なにをやっていますの!?手袋がないなら、前のように地面に描きなさいな!!」

「……!!」

すっかり魔道書を使ったやり方に慣れてしまったミリアは、地面に描くということを忘れてしまっていたのだ。
慌ててそこらへんに落ちていた気の棒を拾い、地面に魔法陣を描こうとするが、そこにウルフレンがミリアを襲った。

「ミリア!!」

サクヤが目の前のウルフレンを断ち切り駆け寄るが、時すでに遅く、ミリアの顔は血にまみれていた。

「ミリアッ!サラサ!ミリアを!!」

「はいっ!!」

サラサも慌てて駆け寄り、ミリアに神聖魔法をかける。
サラサの手を中心に淡い光が零れるが、たいして効果がないように見えた。

「サラサ!ミリアを頼む!」

「…っ、はい!」

まだ、サラサの魔力は回復しきっていなかったが、それでも、大切な仲間であり、ライバルであるミリアを見捨てることなどできないと、渾身の力を振り絞った。

それが幸をなし、サクヤたちがウルフレンを全滅させる頃には、剥ぎ取られた皮膚は元通りになっていた。

「はぁ…はぁ…ミリ…ア…は?」

息も絶え絶えなサクヤに、サラサは途方に暮れた表情で言った。

「申し訳…ございません。…私の魔法では、これ以上…」

魔法で再生された顔に傷はなく、血も綺麗に拭われた状態であったが、左目があった場所だけが、ぽっかりと空いていた。

「そん…な…」

サクヤはそれを見て絶句する。
カレンは見てられないというように、目を逸らした。

「眼球が丸ごと潰されていました…。私の魔法では、治せ…ません…ごめんなさい…っ!」

自分の力不足で仲間を治せない。
その悔しさと遣る瀬無さから、サラサの目に涙が溢れ、零れた。

「…姫、思う存分、泣けばいいのですよ。悔し涙は明日への道標となるのです」

「うん。今、泣いて、明日、いつも通り笑えるように」

カレンに背中を撫でられ、サクヤに抱きしめられたサラサは、カセが外れたように、力一杯泣いた。

しばらくし、泣き声も途切れ途切れになったころ、ミリアが薄っすら目を開けた。

「…ミリア!」

真っ先にサクヤが気づき、カレンもミリアに目を向けた。
ミリアはゆっくりと上半身を起き上がらせる。

「…あれ?」

しかし、左目に違和感を感じたミリアは無意識のうちに、手を左目に当てる。
そこにあった筈の感触がないことに、ミリアは体を強張らせた。

「え?」

信じたくないと言う顔で、もう一度触れ、それが現実だと知る。

「な…んで?目…ない」

小刻みに震える体を自分で抱きしめ、今にも叫びだしたいのを我慢した。
そんなミリアを見て、サクヤは胸を痛める。
自分がもっと強ければ。もっと早くに駆けつけていれば、と、悔しさに歯を噛みしめる。
そして、言いずらそうに、目を合わせないで、カレンはミリアの質問に答えた。

「その目は…もう…治らないそうだ」

「………」

しばらく呆然と固まっていたミリアだが、ようやくカレンの言葉の意味を理解し、肩の力を抜く。

「…………そう」

誰に向かってでもなく、ただ力なく呟き、うなだれた。

次第にミリアの体が小刻みに震え始め、地面に水滴が落ちた。
うなだれたまま、ただ黙って手で涙を拭っていたミリアだったが、徐々に声が零れ始めた。
縋るように伸ばされた左手がサクヤの手首を捉える。
サラサは、サクヤから離れ、場所を譲った。
サクヤはそっとミリアを抱きしめ、頭を撫でる。

誰も何も言えずにただ時間だけが過ぎていく。

ミリアが泣き止むと、カレンが静かにミリアの頭を撫でた。

「さっそく、町へ行って眼帯を買わねばな」

「……ん」

もう夜は更けていた。