「魔王…」

突然の出来事に頭が追いつかない。
え?さっきまで、豚に馬乗りされてて、そしたら魔王が豚を持ち上げて…。
あの一瞬のうちになにがあった!?

「感動の再会だね、マキちゃん。
でも、今はまず、このゴミをどうにかしないと」

といつもの笑顔で言って、魔王は豚を掴んだ手の力を強くしたらしい。
豚から呻き声が漏れた。

「本当ね。なんでお前みたいなゴミが存在してるんだろう。ゴミなんかあってもただ腐って腐臭を放って周りに悪影響を与えるだけじゃないか。
マキちゃんの前に現れたことだけでも大罪なのに、話しかけて乱暴して…。ふざけないでよ。
お前のせいでマキちゃんの目が腐る。耳が腐る。マキちゃんが穢れる。
お前がどれだけの罪を犯したのか、いっぺん殺してその汚い魂に刻み込んでやろうか?」

右手で豚の頭を掴み、左手でやつの腹を殴る。
手以外使わないのは情けのつもりか。いや違う。やつを生かすためだ。生きて、地獄を味わわせるためだ。

私の腰が抜け、動けない間にも、魔王はやつを痛めつける。
絶え間無く呻き声をあげていた豚は、最後に悲痛な叫びをあげ、反応を示さなくなった。

「なに寝てんの?腐っても魔物でしょ?僕の下僕でしょ?これくらいでくたばるほどやわじゃないよね?」

魔王は、気絶した豚にさらに拳をお見舞いする。
いつまでも反応を示さない豚に一つ舌打ちし、放り投げた。
これで終わりだとほっと息をつくのもつかのま。
魔王はさらに足で豚を蹴り始めた。
体が硬直して動かせない。
声も出せない。
息が詰まる。

もういやだ。なんでこんな酷いことするの。

少しずつ、やつの体に痣が増えていく。
意識を取り戻したらしいやつは、噛み合わない歯を食いしばり、痛みに堪えているように見えた。

地面に這い蹲り、痛みに耐えるやつの姿が過去の自分と重なる。

いや違う。違う。私はあんなのじゃない。あれと同じなんかじゃない。

「ぐ…がっ!た、助けてくれ!おっグァ!」

豚が痛みと恐怖に歪む顔をこちらへ向けて、手を伸ばそうとするが、その手は魔王の足によって再び地面に縫い付けられた。

「なに声だしてんの?いつ僕が声なんてだして良いって言った?言ってないよね?
てゆうかマキちゃんを見ないでよ。穢れるって言ったよね?
それとも、言われたことを覚える頭がないのかな?ねぇ、ちょっと」

考えすぎで気が遠くなる。
過去の自分を必死で隠して見ないようにしていたのに、こんな形で記憶が掘り起こされるなんて酷いよ。
いやだよ。怖いよ。
助けて…××。

私は誰に助けを求めたのか。
それすらもわからないまま、意識が闇に呑まれた。