「お前が会議室に入って、扉がバタンとした瞬間に始めんの。勘弁して欲しい」
私の「知らなかった」という声は無機質だ。
心の中が桃の皮のようなざらざらした手触りになっているせいだと思う。
彼の意図がつかめない。
「そういう明け透けな男っていうか、裏表がない男って意外ともてるんだよなぁ。お前が通り過ぎるとき、苦々しい視線を送る女もいるしな。若いなって思う。ただそういう、一方的な恋愛っていうか、若くなきゃできない恋もあるわけだろ。理由がなくても、見かけただけでどきどきするような」
いつになく饒舌な彼は、私と視線をあわせるようでいて、あっていない。
まるで私の背後の誰かを見ているようだ。
「ナツナ、手、出して」
今の話の流れで、どうしてこんな展開になるのか、まったくもって理解ができない。
右手を出すと彼はあからさまに幻滅した顔になる。
「そっちじゃねーよ。こっち」
彼はおもむろに左手を掴むと、空いた手でワイシャツの胸ポケットを漁った。

