キーン コーン カーン コーン
授業が始まった。
私はいつもこの時間になると、暇潰しになることを始める。
今までお母さんに散々勉強しろと言われたせいか、成績には困らないのだ。だから、いつもは板書と合わせて絵を描いたり、知っている単語を書き出してみたりする。ただ、一番最初はどこの範囲を学んでいるのか把握しなければいけないと思ったから、今は真剣に先生の話を聞くつもりだった。
「裁判は、刑事裁判、民事裁判に分かれ……」
そう教師が言い出した時、陽菜が話しかけてきた。
「ねえねえ、引っ越ししてきたんでしょ? どこに住んでたの?」
どうせ友達になれないのに、答える必要があるのだろうか、と思いながらも一応返答することにした。
「静岡だよ。その前は沖縄で、更にその前は鳥取で……引越ししすぎて全部は忘れちゃった」
「そんなに引っ越したの!? 何で?」
いじめられたから、とは言えないよね……
「お父さんの仕事の都合」
「ふーん、大変だね」
「うん」
陽菜はずいぶん積極的だった。板書もせずに、ずっと話しかけてきた。だから、お互いに相手の特徴のほとんどを知り尽くしてしまった。もちろん、隠す部分はあったけど。それは陽菜も同じみたいだった。
キーン コーン カーン コーン
チャイムが鳴り、授業が終わると、なぜか陽菜が震え出した。今までの笑顔が一瞬で消えて。
「陽菜、トイレ行こう?」
陽菜は黙って頷いた。今まで見たことが……いや、経験したことがある光景だった。この後、陽菜がされることはおそらく……いじめだ。
誰かが止めなければ、陽菜は連れていかれて何か嫌なことをされてしまう。
でも、今までの経験からすると、止めた人は一緒になっていじめられてしまう。
今まで私はずっといじめられてきた。もう二度と、そんな経験はしたくない。でも……
「やめなよ!」
私の口は偽善者だった。身体のあちこちがガクガク震えているのに、口だけが達者だった。
「んー? 面倒なやつが転校してきたね。うちら側につけば何ともないのに、わざわざそっちにつくんだー」
分かってる。分かってるけど……やっぱりいじめは最低だし、一緒になってやるなんて、あり得ない!
「自分がやられたらどんな気持ちになるのか考えなよ!」
どうせ負けてしまう。だけど、やるしかない。
「あーあー、いるよね、そういうやつ」
「だいたい、いじめられる原因なんて、育った環境とか、自分の容姿のせいなんだし、生まれた時からいじめられるか、いじめられないかは決まってるんだよね。今更さ、自分がやられたらなんて考えるわけないよね」
私は言い返せなかった。
「テレビではさ、正義が勝つとか当たり前だけど、現実はそんなことはないってこと、自覚した方がいいよ。素直にうちらにつけばいいんだ。どうする? もうチャンスはないよ」
いじめる側に正論を言われるなんて、考えてもいなかった。本当にその通りだ。ほとんど現行犯でしか捕まらない盗撮を一度成功させて、二度とやらなければ捕まることはないし、現に私だって救われたことは一度もない。現実は決して正義が勝つわけではないのだ。
でもやっぱり、私は悪者になりたくなかった。
「私は最低なことはできない」
「あっそう。じゃあ一緒にトイレ行こうよ」
「やめて!」
私の手が無理やり引っ張られた。
「二人になるとやりがいが出るねー」
「今日は何しようか?」
「トイレに閉じ込めておいてもいいんじゃない? スカート脱がせて男子に晒すってのもいいしー」
「どうせ先生も黙認してるしね」
奇声とも思える笑い声が教室に響き渡った。いかれてる。絶対にいかれてる!
「じゃ、行こっか!」
陽菜は諦めているのか、やり慣れているのか、全く抵抗しようとしていない。もう、顔がやつれていた。
私も同じだった。抵抗しても何も変わらないし、余計に酷くなる可能性もある。素直に受けた方がよっぽどいい。
「まあ、こいつは最初だからね。軽くやろうよ」
「そうだね」
こうして、私達はしばらくトイレに閉じ込められた。
授業が始まった。
私はいつもこの時間になると、暇潰しになることを始める。
今までお母さんに散々勉強しろと言われたせいか、成績には困らないのだ。だから、いつもは板書と合わせて絵を描いたり、知っている単語を書き出してみたりする。ただ、一番最初はどこの範囲を学んでいるのか把握しなければいけないと思ったから、今は真剣に先生の話を聞くつもりだった。
「裁判は、刑事裁判、民事裁判に分かれ……」
そう教師が言い出した時、陽菜が話しかけてきた。
「ねえねえ、引っ越ししてきたんでしょ? どこに住んでたの?」
どうせ友達になれないのに、答える必要があるのだろうか、と思いながらも一応返答することにした。
「静岡だよ。その前は沖縄で、更にその前は鳥取で……引越ししすぎて全部は忘れちゃった」
「そんなに引っ越したの!? 何で?」
いじめられたから、とは言えないよね……
「お父さんの仕事の都合」
「ふーん、大変だね」
「うん」
陽菜はずいぶん積極的だった。板書もせずに、ずっと話しかけてきた。だから、お互いに相手の特徴のほとんどを知り尽くしてしまった。もちろん、隠す部分はあったけど。それは陽菜も同じみたいだった。
キーン コーン カーン コーン
チャイムが鳴り、授業が終わると、なぜか陽菜が震え出した。今までの笑顔が一瞬で消えて。
「陽菜、トイレ行こう?」
陽菜は黙って頷いた。今まで見たことが……いや、経験したことがある光景だった。この後、陽菜がされることはおそらく……いじめだ。
誰かが止めなければ、陽菜は連れていかれて何か嫌なことをされてしまう。
でも、今までの経験からすると、止めた人は一緒になっていじめられてしまう。
今まで私はずっといじめられてきた。もう二度と、そんな経験はしたくない。でも……
「やめなよ!」
私の口は偽善者だった。身体のあちこちがガクガク震えているのに、口だけが達者だった。
「んー? 面倒なやつが転校してきたね。うちら側につけば何ともないのに、わざわざそっちにつくんだー」
分かってる。分かってるけど……やっぱりいじめは最低だし、一緒になってやるなんて、あり得ない!
「自分がやられたらどんな気持ちになるのか考えなよ!」
どうせ負けてしまう。だけど、やるしかない。
「あーあー、いるよね、そういうやつ」
「だいたい、いじめられる原因なんて、育った環境とか、自分の容姿のせいなんだし、生まれた時からいじめられるか、いじめられないかは決まってるんだよね。今更さ、自分がやられたらなんて考えるわけないよね」
私は言い返せなかった。
「テレビではさ、正義が勝つとか当たり前だけど、現実はそんなことはないってこと、自覚した方がいいよ。素直にうちらにつけばいいんだ。どうする? もうチャンスはないよ」
いじめる側に正論を言われるなんて、考えてもいなかった。本当にその通りだ。ほとんど現行犯でしか捕まらない盗撮を一度成功させて、二度とやらなければ捕まることはないし、現に私だって救われたことは一度もない。現実は決して正義が勝つわけではないのだ。
でもやっぱり、私は悪者になりたくなかった。
「私は最低なことはできない」
「あっそう。じゃあ一緒にトイレ行こうよ」
「やめて!」
私の手が無理やり引っ張られた。
「二人になるとやりがいが出るねー」
「今日は何しようか?」
「トイレに閉じ込めておいてもいいんじゃない? スカート脱がせて男子に晒すってのもいいしー」
「どうせ先生も黙認してるしね」
奇声とも思える笑い声が教室に響き渡った。いかれてる。絶対にいかれてる!
「じゃ、行こっか!」
陽菜は諦めているのか、やり慣れているのか、全く抵抗しようとしていない。もう、顔がやつれていた。
私も同じだった。抵抗しても何も変わらないし、余計に酷くなる可能性もある。素直に受けた方がよっぽどいい。
「まあ、こいつは最初だからね。軽くやろうよ」
「そうだね」
こうして、私達はしばらくトイレに閉じ込められた。
